「それで月英、俺の妃にならんか」

「それでがおかしい」


 どれで、だ。

 思わず藩季にしがみ付いてしまった。


「やめてください変態。うちの子をそんな目で見ないでください」

「きゃー父さん助けてー」


 全く感情のこもってない声で悲鳴を上げる月英と、演技臭い父親をやる藩季。


「何だこの親子!? 俺は皇帝だぞ!」

「藩季でーす」

「月英でーす」


 くっつかせてはいけない所をくっつかせてしまった、と後悔に頭を抱える燕明。


「燕明様、香療師に任じたのはあなたでしょう。月英殿の笑みの可愛さにやられて、周囲に見せたくないばかりに妃にして隠そうとしないでください」

「全部言うよなお前……」

「それに我が娘はそんなに安くないです。求めるなら、妃ではなく皇后でしょう!」

「違う藩季様、そこじゃない」


 もしかして思った以上に彼も浮かれているのか。

 藩季が月英を抱き締める力を強くすれば、燕明がより喚く。


「とにかく! まずは、は・な・れ・ろ・藩季! 書類上だ! 紙っぺら一枚だけの話で父親ぶるな!」

「おやおや、その様な事を言って良いんですか? 私は月英殿の父――つまり妃に迎えれば未来の義父ですよ?」

「父さん。月英、変態に狙われてますぅ。こわーい」

「我が娘が欲しくば、私を倒してからになさい!」

「本っっっ当! お前をクビにすれば良かった! その父親の皮を被った男から離れなさい月英!」

「きゃー父さーん」

「この不届き者めが!」

「お前っ! 皇帝に向かって!」

「きゃー僕を巡って争わないでー」

「楽しむなっ!!」


 月英と藩季二人の悪ノリに勝てる気がせず、燕明は髪をクシャと掴み、盛大な嘆息で会話を終わらせた。


「まあ……実際問題、まだ妃などと言っていられる状況ではないな。ただ――」


 言葉を一旦切った燕明が、突然月英の手を引いた。

 藩季の腕の中から奪われるように引き寄せられた月英は、そのまま燕明の胸に飛び込んだ。と同時に、額に口づけが落とされる。


「~~~~っ!?」


 驚きに額を押さえて燕明から距離を取れば、燕明はニタリと意地の悪い笑いを浮かべていた。


「油断してるからこうなるんだ。宮廷でやっていくなら、性別の自覚はしっかりして貰わんといかんからな。こうやって俺が時々思い出させてやる」


「覚悟しろよ」と至極楽しそうに燕明は笑った。


「は、は、は……! 藩季様ぁっ!」

「待て待て待て、柄から手を離すんだ藩季」

「我が娘を汚されたのです。なます切りくらいは覚悟なさってください」

「感情移入が早い」

「お義父さんと呼びなさい!」

「色々早い!」

「娘は渡しませんよおおおお!」

「藩季様、あまり娘、娘と連呼しないでください。僕は男性官吏ですよ」

「ああ、そうですね。他の者達にバレてしまっては、これこのように羽虫がぶんぶんやってきますからね」

「皇帝を羽虫呼ばわりとか……本当、お前……」


 批難めいた声は届かないのか、藩季は取り合わずニコニコと目の前の月英を可愛がる。


「それでは一応、月英殿は私の愛息子としましょうか。宮廷では今まで通りで、二人きりの時だけ親子を満喫しましょう。あ、そうだ! 今度一緒にお散歩しましょう。なんでも好きなもの買ってあげますよ。私結構稼いでるんですよ」

「浮かれ具合が俺より酷い」


 そこは同意する。

 顔を緩ませ月英を猫のように撫でまくる藩季に、月英と燕明は苦笑した。


「ま、お前が男装せずに良くなったら、妃に――いや、皇后に迎えるから今から覚悟しておけよ」

「ははは、じゃあ僕は一生男装してますね」

「冷たっ!」


 冬の風の冷たさも忘れるほどに、三人を包む空気は温かかった。


                                     【了】

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