超短編小説「話し上手」

夜長 明

けっこう練習したでしょ

 何の前触れもなく、ケイがこんなことを言ってきた。

「オカンがオモロい芸人の名前忘れた言うねん。お前も一緒に考えてくれん?」

 ほう。これは少し前に話題になった、とある漫才の前振りに似ているとすぐに理解した。彼は関西出身ではないから、普段はこんな風には話さない。僕はそのままの話し方で、この軽口に乗っかることにした。

「その芸人の特徴を教えてよ」

「オカンが言うには、コンビで、体型はひとりはぽっちゃり、もうひとりは細い。ネタで『オカンが言うには〜』とか言うらしいねん」

「ミルクボーイやないかい」

 ケイのボケが想像以上に上手くて、僕は思わずノリノリでツッコんでいた。

「せやねん。俺もミルクボーイと思うてんけどな。分からへんねん。オカンが言うには、漫才で大きな賞は取ってない言うねん」

「ならミルクボーイじゃないね。彼らは有名な大会で優勝しているよ。他に何か言ってなかった?」

 僕はなんとか自分のリズムを取り戻していた。彼らの漫才は、この展開を繰り返すのが特徴だ。

「有名なネタでコーンフレークが出てくるねんな」

「ミルクボーイやないかい。漫才でコーンフレークなんて使えるのはミルクボーイくらいしかおらんのよ」

「でも分からへんねん」

「何が分からないの」

「オカンが言うには、ネタ中にいきなり踊り出すらしいねん」

「ならミルクボーイじゃないね。彼らの漫才は掛け合いがメインで、もっと正統派って感じだ。他に何か言ってなかった?」

「オカンが言うには、芸名はミルクなんとかって言うらしいねん」

「ミルクボーイやないかい。そんなのミルクボーイで決まりやろ」

「分からへんねん。俺もミルクボーイと思うてんけどな。オカンが言うには……」

 ケイは続きを考えていたが、けっきょく何も思いつかなかったようだった。話し方が元に戻った。

「My Japanese has improved, hasn't it?」

「そうだね。もう母語レベルだよ」

 心の底からそう思った。

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