吟遊詩人シンは応援している

るるあ

そうだ、応援しよう

 

 懐かしいな〜これ貴族学院だ。

 窓側最後尾、僕の席。そして隣が第一王子って誰だこれ決めたやつ!!確かに幼少に我が辺境でご療養頂きましたけども!僕にはフォローは無理です助けて姉ちゃん!


 あー、忘れもしない因縁の階段。

 病弱(笑)な第一王子狙いの、変な臭いオンナが僕を追いかけて来たなー。取り入る為の餌扱いしやがって…マジ無理。 

 で、何故か王子の婚約者候補ご令嬢たち登場。舌戦の末揉み合い。女子コワイ。


 …おい、そっちはヤバい!止まれ!!!

 

 あー…、落ちる時って時間がゆっくり感じるって本当だったんだなー

 そうそう、あの時もこんな感じて咄嗟にご令嬢の下敷きになるべくしてなったなー…って、こんなに重かったかな!??

 うわーザラザラーってめちゃくちゃいっぱい落ちてくる!!人ってちっちゃく分裂するんだっけ!?

 痛いいぃー!!ちょ、無理無理む…り…



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ドンドンドン!!!

 「おいシン!!すげー音が聞こえたけど何やってんだ大丈夫かー?!!」


 呼びかける声に飛び起きる。

 僕、芋に囲まれて床で寝てた?うっ、背中痛い…

 あ、とりあえず隣の部屋の先輩に、返事!!


 「うるさくしてすいませーん!大丈夫でーす!べッドからタロー芋と一緒に落ちましたー!!」


 「ぶはは!!今日は大事な前座なんだから、気をつけろよー!

 ベッドを共にした愛しのお芋ちゃん、お裾分け期待してるからなー!」


 「了解でーす!すいませんでした!」


 …はーよかった怒られなかった。優しい先輩で助かった!

 この間ご一緒したあのお方は酷かった。あの年で酒の飲み方知らないって、どっから流れてきた坊ちゃんなんだろ?もう絶対近寄らないぞ…

 あーあ、とばっちりのペナルティーで、僕もそろそろ実績上げないと退去勧告かな。ギルドの寮を追い出されたら、暮らしていけないよ…。

 しかし!僕は諦めない!ずっと迷ってたけど、自分の方向性が“降りてきた”んだから!

 よし、これはしばらくタロー芋配りだな。円満な関係、大事!

 領地の皆様、美味しいタロー芋ありがとうございます。


 あっ、トラウマをえぐる変な夢見たのは、手紙読んだせいだ。

 

 一通は、出奔した家から。

 僕の舞台を観に行けるかも、という知らせと領地の特産品“タロー芋”が調子いいって話。現物もたくさん届きました。付け届けや非常食に大活躍!大感謝!


 確かに、これは僕とタローラモ師匠で領地の為に色々やったやつだけどさ、元々は母さんの国から持参金代わりに伝達したんじゃん。僕、実質はただの味見係だよ?

 まぁね、学院で上手いこと得た人脈が、タロー芋の流通に役立ったけども。

 僕は5人兄弟の末っ子+辺境で移民の町育ち!人間関係の勘所は任せろ!

学院の悪友達が、今の僕の財産です。


 相棒の楽器とも出会えたしまぁ、あの時代も無駄ではなかったかな?何故かご令嬢にはペット扱いだったけど…。


 そして、僕が学院を逃げ出したのは本当に英断だった事が、2通目の豪華な封蝋の手紙で判明。

 あの階段落ちで療養と言って休学した後、王子を追いかけてた例の臭いオンナは、王族に禁呪を使った罪で投獄お家断絶。あの匂い、やっぱりヤバいやつだった!

 しかしその結果に導いた、ご令嬢達の遣り口がまぁ恐ろしいことこの上ない。王子を巡っての蹴落とし合いから始まって、醜聞の嵐。危うく責任取って僕が複数人娶れなんて怖い話に!

 ひでえよ!階段落ちから男らしく女子を庇った、男の純情を返して!!ご令嬢も爵位のある家も怖いもうやだー!

 借りを返すやら下心やらで第一王子様が何とかしてくださったとさ。ありがたや…

 でも、全ての責任を取って臣籍降下、姉ちゃんを娶って大公になりました!ってお前。

…アイツ、立派に腹黒くなったんだな~。



 うん?これ、使えるよな?

 今夜、まずは身内から応援させていただきましょうか!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 夕闇が迫る中、一日の生業を終えた人々が、熱を持って酒場に集う。ああ、かなり出来上がってるやつもいるなあ。


 僕は壁側の、いつも演奏するテーブルに着く。相棒のリュートを軽く奏で、調整。

 さあ、精一杯やろう。

 酒場の喧騒に負けないように、僕は拡声魔道具をオンにした。


 「皆さ〜ん、ご機嫌如何ですか?

 本日は、吟遊詩人ギルド直営酒場【心のヤドリギ】にご来店ありがとうございます!

 この場をお借りしまして、まずはご挨拶代わりにわたくしシンが、一曲やらせていただこうと思います!

 若輩者にてお耳汚しになりますこと、ご容赦頂きたく。下手くそ!帰れ!でもかまいません!本日の話の種に、叩き台に!いかようにもお使い下さい!


 それでは、聞いてください。

 『僕の好きなもの』」



僕は相棒のリュートを構え、ゆっくりと弾き始めた


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ♪ワクワクする、新しい一日の始まりが好き


 ♪夜明け前、今日が始まる雰囲気が好き


 ♪昔の友人と偶然再会して盛り上がり、深酒した翌朝のけだるさ好き


 その友人が初恋の君で、目をあけたら産まれたままの姿で同衾していた人好き〜♪


 「がははは!お前達の事じゃねーのかこれ!」


 「ち、違う!!」


(おお、受けてる!)


 ♪新しい旅立ちも好き〜

  夢を抱いて、田舎から王都ギルドで初登録に胸を踊らせる若者好き


 ♪冒険者ギルドで弱そな新顔に対してイチャモン付けて絡んで、すぐやられるチンピラ好き


 ♪貧乏人と侮って商業ギルドに登録拒否したら、その方が上位貴族お抱えの豪商にしか特別な品を卸さなくなって涙目のギルドマスター好き〜♪


 「俺知ってるぜ!ミコロヴィ領のタロー芋だろ?」

 「ああ、移民のタローラモ氏が一攫千金した話だよな!」

 「ちげーよ、芋は恋人だから、レディを丁寧に扱ってくれる紳士淑女にしか卸さないって、変な喧嘩のやつだよ」

 「へぇ、タリア共和国の男は女性を大切にするって聞いたけど、お芋も…?」


 (タローラモ師匠、僕は何故かペット枠にしかなれません。修行やり直しでしょうか…)


 ♪婚約者に破棄断罪される夢を見て、頑なに拒否してたのに結局、囲いこまれて溺愛されちゃう令嬢好き♪


 《ガタン!!》

 「お客さん大丈夫かい?怪我はない?」

 「だ、大丈夫です!!お構いなく!!」


(ふふ、ツンデレなのは皆知ってるよ姉ちゃん…あーあ、アイツに支えられてらぁ。)


 ♪お忍びのつもりで地味な服装にしてるけど、どう見ても立ち居振る舞いが高貴な若様好き〜

 しかもその護衛の冒険者風衣装が有り得ない汚れ方していて、頑張ってやった感があるの好〜き〜♪


 (ぶふふ、バレてるよ元第一王子様!…

あっ、護衛なんだから僕に手を振っちゃ駄目でしょ〜!いつもお疲れ様です、カイル卿)


 ♪本当は人の上に立つの苦痛だけど、長男だから必死に虚勢張ってたのに

あっさり弟が嫡男になったやつ好き〜


♪しかもそれが、兄の幸せの為だったのにまだ気がついていない長男好き〜♪♪


 (ぶは!あ然としてやがる!姉ちゃんをやるんだから、このくらいの意趣返しいいよね?…王家から何かあったら雲隠れしよーっと)


♪家族のあったかさ好き

♪大家族で家計苦しいのに、そんな素振り一切見せず、やりたいようにさせてくれる家族が好き〜


 (ふふ。今日は父さんまでいる。出奔した僕なんか放っとけばいいのにさ。もう。)


 ♪田舎と揶揄されても、人が温かくて、どんな僕でも受け入れてくれる故郷が好き〜♪


 ♪そんな故郷に錦を飾るべく、王都で必死に努力する人好き〜♪♪



 ♪そんな好きな人たちを〜

 ♪僕はこれからも、応援するよ〜!




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 「ありがとうございました!!」


 やりきった。リュートを持って立ち上がり、深く、礼。


 酒場の喧騒がなくなった。


 うわ、またスベったかと思ったら、

 ーーー怒号のように歓声。

 みんななんか叫んでる…?

 え、え、え?


 「にいちゃん!いいぞ〜!!」

 「じーんと来たぜー!!」

 「かーわいいー!!」

 「オレ、かあちゃんに手紙書く!」

 「くそっ!今日も朝まで飲むぜ!!」


 鳴り止まない拍手。

 僕、頭を下げた状態から、動けない。

 


 「お楽しみ頂きありがとうございま〜す!!さぁ!お次は皆様お待ちかね、当吟遊詩人ギルドの花形、…」


 あっヤバい!さっさと引っ込まないと!

 慌てて、邪魔にならない二階の階段あたりまで待避!


 そのまま壁にもたれて、先輩の演奏を聞く。しっとりとした演奏に、酒場は落ち着きを取り戻した。

 …まだ、ぼぅっとする。

 あの拍手喝采はいつもの嘲笑だったのかな?それとも夢…?


 「やあ、愛する我が義弟よ。素晴らしい演奏だったよ。」


 ニコニコしながら、お忍びのつもりなアイツがやって来た。


 「こちらは関係者以外はご遠慮下さい、大公閣下」


 「いやいや、君にまた階段で怪我をされたら、我が最愛に絶縁されてしまうから助けに来たのに、つれないねぇ。」


 「…もう階段は克服したので、余計なお世話です。それに、絶縁されても諦めないでしょ、義兄上は」


 「!!!…さすが、ボクをよく理解してるなシンイーチ!では是非ボクの片腕として

公爵「僕はこれからもこの場所で応援させて頂きますね!!市井からの方がよく見える事も有りますし!!」


 「…しかし君の姉上も「ああーたいへんだ僕はまだまだ下っ端だからやることがいっぱいだー!それでは高貴な方、御前を失礼させて頂きまーす」いや、あっ、」


 捕まる前に、逃げの一手だ!!

 僕は相棒のリュートを抱えて、全速力で自室へ逃げ出したのだった。

 あー、父さんにも会いたかったのに!バカ義兄貴!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それから僕は、なんと前座を定期的にやらせてもらう事になった!寮の部屋もなぜかランクアップ!…バカ義兄貴、何もしてないよね?

 流石に歌う内容はある程度変更したけれど、“僕の好きなもの”を時には皮肉も効かせて応援する、この形は受け入れられた!まぁ、相変わらず仕送りのタロー芋にお世話になる慎ましい生活だけどね…


 でもでも、なんとかやっています!

 今度は何を応援しようかな?


 

  

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