第5話 五話

 

「グループの中では割と平凡な顔なのに、小悪魔的な愛嬌があって、センターにはなれそうもないけれど、そこそこ人気がある癒し系男子」と、女性社員の峰崎みねざきさんに紹介された時は、まったくピンとこなかった。

 小悪魔的な癒し系って、初めて聞いたわ。

 名前は等々力……等々力…………フルネームは後で聞こう、生きていたら。

 その顔に。

「ち、血が」

「切れましたからねー」

 何でもないように聞こえるんだけど。

 少し血が入ったのか、目をぱちぱちさせている。

「大丈夫なの?」

「想定内の痛みでしたし、もう塞がりました」

 無造作に手で血を拭う。

「へぇ~」

 間抜けな相づちしか出ない。

「ぼうっとしてないで先輩、反撃しますよ」

 どけと言うように体をくねらせたので、その通りに離れた。

 ん?

 マヨネーズのチューブが転がっている、一緒に飛ばされたのだろう。

 等々力くんが掴み上げる。

「これ、使いましょう」

 キャップを開けて、何か小細工し出した。

「えっ、元店長、今こっち見てるよ」

「見てるけど、見えてないです」

「そうなの?」

「本体は超音波使いなんですよ」

 器用に手を動かしながら、蝙蝠こうもりに近いとか何とか説明してくれるが、私は早々に飽きて、元店長に視線を向けた。

 よく観察すると、確かに見えている様子ではない。

 探すように首を動かしながら、

「どこに行っても、私の結界からは逃げられないぞー」 

 とか言ってる。

(お前が飛ばしたんだろー)

 私の恐怖心も、吹っ飛ばされたみたいだ。


(……ワタル?ノボル?……タケル?)

 思考に余裕ができると、違う疑問が浮かんでくる。

(確か最後が「る」だった気がするのよねぇ……ヒカルにユズル?……いや、カオル……スグルは、違うな~)

「智草先輩、ちょっとやっつけて来るんで、この辺にいてください。何か飛んできたら、ちゃんと避けてくださいね」

 準備が整ったらしい。

「あ、はいはい」

 私の生返事に、等々力くんの眉が上がる。

「……緊張感、出してください。離れたら、守れませんからね」

 と子供に言い聞かせるような口調で言われて、ハッとした。

 おおぅー、そうだったー。

「まっ守くんも、気をつけて」

 等々力守とどろき まもるだ。

「はーい」

 また呑気な声で返事をして、元店長に向かって走り出した。

 名前を呼ばれて、少し嬉しそうだったのは、きっと気のせいだ。


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