誰にも言っちゃ駄目だよ

第3話 三話

「……はっ」

　今、なんて言った？

「八千草さん、瘦せすぎなんだよ。もう少し、お肉つけてくれてたらよかったのに。そのままじゃ、調味料だよりなんだよなぁ」

　値踏みするような視線に、嫌悪で足が一歩下がった。

　初めて聞く低い声音。

　人が出せる重低音の限界を超えている。

　だが日本語だ、聞き取りたくなかったけど。

「そっちの、食べる……ですか？」

「どっちも、あんまり食欲は進まないんだけど、そろそろ、いいかぁ」

　かったるそうな店長。

　身の危険を本能は察しているのに、逃げようにも、足が、竦んで、動けない。

　わっ、どうしよう。

「…………誰か、助けて……誰……」

　声が喉に詰まって、上手く喋れない。

　誰か他に、人が残っているはずだ。

　警備員さんだって……まだ、いる時間のはずだ……

「八千草さん、結界張ったから誰にも聞こえないよ。そんなに怯えると肉が硬くなるから、リラックスしてくれないかなぁ。あ、そうだ、恋バナでもする？、女の子は好きだよねぇ」

　嫌いじゃないが、このタイミングではない。

　会話の温度差に、全身に鳥肌が立つ。

「八千草さんて、今彼氏いるの？」

　店長が軽い足取りで距離を詰める。

　必死に後退りながら、

「……不味い物を……無理して、食べなくても…………」

　何とか声を絞り出すが、

「だーかーらー、調味料で何とかするから」

　ニタリと笑う店長。

　本当に、食べる気なのか、私を。

　手足が冷たくなった、小刻みに体が震え出す。

「……来ないで、っあ」

　検品前の段ボールに、踵が当たって転びそうになった私の二の腕を掴む。

「ちょっと、アザも駄目だよ、鮮度が落ちる！」

　と叫んで、片手で軽々持ち上げた。

（えっ巨大化してる！）

　二倍くらいの大きさになった店長だったものは、筋肉のようなものが隆起し、全身赤紫色に変わっている。角っぽいものがモヒカン刈りみたいに頭に生えて、ピラニアみたいなギザギザの歯が、ぬめっと光っている。目は虹彩が無くなって黒いだけになって、どこを見てるのか分からない。

「八千草さんは、目玉焼きに、何をかける？」

「は？」

　その質問は絶体絶命中に、必要なの？

「塩、醤油、ケチャップ、ソース？柚子胡椒も好きだけど……やっぱり、マヨネーズだよなっ」

　元店長のムキムキ赤紫に同意を求められた。

「……マヨネーズ」

　脳に思考を拒否されて、ぼうっと反復。

「こんな辺鄙な星じゃ、ろくなもん食べられないと思ってたけど、なかなかどうして、マヨネーズは最高！」

　空中で身動きも取れない不安定な状態で、何を聞かされているのだろう。

　どこに隠していたのか、もう一方の手にマヨネーズのチューブが握られている。

　定番のサイズではなく、業務用のデッカイの。

「マヨラー……」

　ひょっとして、目玉焼きと同等の扱いをされているのか、私。

　やっと思考が戻ってきた。

　自分のマヨネーズまみれの姿を想像して、

「あのう、マヨネーズで、食べられるのは……ちょっと、なんか、嫌です」

　少し冷静になった。

　ちなみに私、厚焼き玉子に大根おろし派です、おばあちゃん子なので。

「八千草さん、マヨネーズ嫌いなの？本当に地球人？」

　驚いたふうな言い回しに。

　なんか、イラッときた。