◆ 19・場の支配者 ◆


「冗談じゃない、餌の為にそこまでやる気はないぞ!」


 初めて声を荒げる魔王に、蹴りを繰り出す。避けても属性付与での攻撃だ。蹴りの一つをとっても見てもその軌跡上全てが属性衝撃を纏っている。

 周囲の大気にも散った属性までを防ぐには距離がいる。接近戦はルーファの独壇場だ。

 鞘が剣が蹴りが肘が膝が、周囲の大気ごと打撃となって魔王を襲う。


「〈 ネロー! 〉」


 水の帯が幾筋にも分かれ、ルーファに向かう。鋭さと速さは矢の数十倍だろう。


「〈 スコターディ 〉」


 ルーファに纏いつく闇。

 上から降る矢を踊るように、剣で鞘で軌道を逸らし避けていく。地に突き刺さる雨のような攻撃は地表をえぐる。

 属性の性質には数々の要素がある。子供の頃から叩き込まれたルーファはその全てを理解し、使用していた。


 避け、かわし――アーラの前にまで移動するも、周囲の温度が数度下がったと肌が感じ取る。


 振り仰げば、上空に退避した魔王がいる。

 周囲の大気の一滴すらも支配するかのように、無数の帯が渦巻いて、広がっている。

 何十、何百と枝分かれし展開する水の矢。


「この場は俺の支配領域だ!」


 怒りに満ちた声と共に、降る雨は豪雨の如き音を立てる。

 ルーファは口元に笑みをいて、鞘を捨てた。


「違うぜ!」


 アーラの腕を取る。



 一緒に言うんだ、アーラ!



「〈 フォス!!!! 〉」


 力強いルーファの声に釣られるように、アーラの小さな声も乗る。


 大気が輝く。

 それは先刻のドミティアの数千倍の光。

 何もかもを消し去る光。


 傍観者は悲鳴を上げ、サーたちは己が身の為に闇の盾に隠れている。

 魔王が水で分厚い盾を築くよりも早く光は届く。


「グ……ゥ、ッ……!!」


 呻きが上がると同時に、ルーファは剣を振りかぶり全霊を込めて投げる。

 光を纏う剣が駆ける。

 周囲の光を巻き込み、突き抜ける速度はまさに光そのもの。影すらも目に映らぬ速さで魔王を貫く。


 光が収まるのはまたも穏やかだ。

 同時に、地面に落下する人影。

 ビシャリと、物体にしては可笑しな音を立てソレは地面に広がっていく。黒い水が溶けるように地面に染みこんで消えた。


「あぁ、逃げましたね」


 いたことすらも忘れていた傍観者の鎧が駆け寄ってきて地面に手を当てる。


「うん、もう気配すらありませんわ。流石、逃げ足もお早い」

「ネロー……」


 ポツリとアーラが呟く。


 四大精霊はかつて天上にいたとされている。もしかしたらアーラとは親しかったのかもしれないと、ルーファは視線を落とす。



 確実に殺れなかったのは失敗だな。



「ルフス」


 そこで、天使の腕を掴んでいた事を思い出し、慌てて手を離す。しかし腕にはくっきり手形が残っている。


「ああああっ!!!! 天使ちゃんの腕がっ!! お、俺様、なんて事を……っ、誰か殺してくれっ!!!!」

「だ、大丈夫、イタイないから……っ」


 叫び落ち込むルーファ。

 アーラは一生懸命、取りなした。

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