◆ 17・獄堕ち精霊 ◆


 悪魔のレベルか、これ?

 今まで戦った悪魔って何だったんだよ、コレに比べりゃ全部雑魚ざこじゃねぇか。



 湧き上がるのは純粋な疑問だ。同じことを考えていたのだろう、ドミティアが舌打ちと共に言葉を吐きだす。


「貴様、ネローの配下だなっ」


 魔法とは魔術と法術の二つの系統から成る。

 魔術は火水風土の四つから成り、法術は光と闇の二つから成るのだ。前者が『魔』を冠する所以ゆえんは、それらを司る精霊王が獄に堕ちているからで、十三体の魔王のうちの四体が元精霊王なのだと――書物には記してあった。


「悪魔は完全な縦社会だ。この強さ、貴様、順列でも相当な上位だな」


 ドミティアの質問に少年は不思議なことを問われたように目を見開いた。


 人間が魔法を使うにはこの六種の精霊王に祈りを捧げ、使用契約を為して初めて使用可能となる。

 通説では精霊王の傘下に入る事で、悪魔は一系統特化型となる。異種は使えないし属性のバランスにも支配されるとされてきた。



 普通に考えりゃ、悪魔を倒すのは難しくねぇ。俺様は六趣全部と契約済だ、サーとドミティアも勇者を自称するだけあって使えてる。

 六種全てと契約しているヤツが三人いるんだ。

 やりようはある。



 過去の人間が倒してきた歴史――それを物語っている。


「あれ? お前たちもしかして俺を理解してないのか?」


 少年は声を心底驚いたとばかりに、大仰に驚いてみせる。


「ハッハッハ、これは傑作だ。おい傍観者、見ているなら無知なる者共に教えてやるといい」


 声に後ろの茂みでガサリと音がすした。

 恐る恐るといった具合で木陰から顔、もといフルフェイスの兜が覗く。見覚えのある色と形だ。



 マジな意味での傍観者かよ!!



 鎧男が震えた声で、けれども存在を一言で説明した。


「ネロー様……」

「は? 獄堕ち精霊のネロー? 水の精霊王本人だってのか?」


 思わず問えば、兜が何度も頷く。



 精霊王ネローって事は、つまり……十三体の魔王のうちでもトップクラスの魔王じゃねぇか!

 つか、水の精霊王殺した場合の水属性はどうなるんだ? こいつが司ってんだよな? 契約時は書面と血判とかで、姿も声も関係ねぇタイプだから本物って言われても分かんねぇし。



 面白そうに笑う少年を見れば、太古より存在しているようには見えない。


「ネロー、なの? 本当にネロー?!」


 それまで震えていたアーラが途端に声を上げる。知り合いを見つけたように微かな期待が見える双眸を向けている。


「わたし、分からない? える――よっ」


 抜け落ちた部分は恐らく名前なのだろう。だが水の魔王は笑った。


「あぁ、ずいぶん大昔すぎて忘れていた。お前だったか、言われてみれば覚えのある色だ」

「ネロー……」

「お前が――なら、話は変わるさ。あぁ勿論、丁重に飼って、楽しんで、それから喰ってやろう」


 優し気な顔に反して、その顔は冷たくくらい笑みを張り付けている。悪意にアーラの目が揺れる。


「何言ってんだ、お前。生きて獄に戻れると思ってんのかよ」


 馬鹿にしたように言い、ルーファは頭を一つ振った。


「アーラ、ちょっとだけ待っててくれな」

「……ルフス?」

「ドミティア、サー、共闘は一時中断だ。俺様が、下がってろ」

「もももちろん、任すよ!!!!」


 食い気味で叫ぶサー・ランドール。ドミティアも頷く。


 抜き身の剣を握る左手を顔の前で立て、目を閉じる。

 呼吸三度。

 開眼したルーファの目にも黄金が波打つ。表情は消え、整った顔はいっそ人形的に硬質な雰囲気をまとっている。

 彼は右手に掴んだ鞘を前に、剣を少しずらし――格闘家のような構えを取った。


「後任を見つけろ、魔王」


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