◆ 16・悪魔の食べ物 ◆


 アーラの足に巻き付いた物を片手で斬りあげる。

 思いの他、軽い感触で本体とが切り離された。未だ巻き付いたままの粘液は彼女の足に水の膜のように広がる。


「……ぁ、ぅっ」


 彼女は為す術なく、地面に倒れた。

 同時に本体が彼女の体に翼に巻き付く。すぐにランドールの光魔法が構築されていく。


「〈 フォス光よバゥラ球と成せ……! 〉」

「〈 ディアフォルティーオ! 〉」


 それは光の暴力。

 ランドールより一歩早く唱え終わったのはドミティアだ。

 彼が放とうとしていた何倍もの光が周囲を照らす。瞬間的にその光量の巨大さにルーファは闇の呪文を展開する。


「〈 スコターディ闇よフィーポース壁と成せ・エクサーリエクスピィザ!! 〉」


 結界よろしく飛び込んできたランドールを巻き込み、ドミティアの光を防いだ。

 光と闇の狭間たる人間すらも焼き尽くしかねない光の爆発は、始まりとは逆に穏やかに収束する。

 残ったのは地面に手をついて倒れたアーラだけだ。


「アーラ……!」


 駆け寄る寸前で、彼女の前に闇が姿を現す。

 それは黒くブヨブヨとした水袋のようだった。形が人型へと変貌し、少年の姿として定着し終える。

 年の頃なら十代前半、放埓ほうらつな水色の髪に、深い海の底のような瞳をしている。白い手には短い杖、王侯貴族が着るような衣裳とマントを付けた顔は、それでも人間の子供には出来ぬ冷笑を浮かべていた。

 何より人と違う事は、その背に隠しようもない大きな黒い翼がある事だ。



 悪魔……っ!



 ルーファの本能が危険だと告げている。足先から背中へと焦燥が駆け巡る。

 少年はチラリとこちらを見て、唇を舐める。


「おぉ人間、その怯えは当然だとも。俺はお前たちとは違う存在だからな。地上に用はないが、こういう餌が時々紛れてくれるのはありがたい。今日は天使が……」


 少年の足元でアーラがフルリと震えた。


「ん、お前もしや……」


 少年が驚いたように目を見開く。一瞬の動揺、それをルーファは見逃さなかった。


「〈 ペトゥラ土よ・フィーポース《壁と成せ》・アスピィーダ!! 〉」


 彼の呪文は二人を正しく分かつ。

 両者の間に土の壁が立ち上がり、少年からアーラを隠した。

 少年は突き立った壁を見上げる。その姿はどこまでも無防備。



 泥、水袋、予想されるヤツの属性は水だ! 定石なら土魔法で……っ。いや、ここは……炎!



 一瞬の相互理解。

 ルーファたち三人の視線が絡む。


 「〈 フォティア炎よトゥリー槍と成せ 〉」


 ほぼ同時に詠唱を始めたのはランドールだ。


「〈 ネロー水よトゥリー槍と成せ 〉」


 異種属性、同様の発動形態、同格の熱量。

 示し合わせの言葉すらなく、同じ言葉が紡ぎ出される。


「〈 エィクィリーシィ! 〉」


 二つの声が放つ力は赤と青の槍の姿をして少年に向かう。

 力は拮抗し、擦れパッと火花を散らすも到達の寸前。


「〈 ネロー 〉」


 少年の一声だ。

 それは雫だった。

 一言で少年の杖の先に生まれた丸い小さな水の珠。

 大爆発すらも起きず、二つの魔力が雫へと吸い込まれて消える。



 んだと……? そんなの別次元の所業じゃねぇかっ。



 愕然とするルーファに、少年が杖を軽く振る。同時にリンと高い澄んだ音。

 同時に崩れ落ちる、土の壁。

 あらわわになる天使の娘。


「邪魔をするな、人間。数百年ぶりの餌なんだ」


 少年の瞳にゆらりと黄金の波が生まれた。

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