◆ 2・甲冑の男 ◆


 声のした方向を見上げれば、黒い人影。

 見えない椅子に座っているような態勢でルーファ――もとい隣の天使を見下ろしていた。

 滑るような動作で地面近くまで降りて来た男は巻き毛フルフェイスの全身黒甲冑姿だ。

 声の印象を裏切るいかつさに、言葉を失ったのも一瞬。


「そういうお前はどこの誰だ?」


 ルーファの問いかけに男は低く笑う。


「分かるでしょ? 考えたらいいよ。地上にいる天使、現れた謎の黒い男、あれれ? 黒い男は天使をよく思ってないみたいだぞーって、ね? 分かるよな? オレが何なのか」

「いや、全く」


 楽し気な男には申し訳ないが、ルーファには分からなかった。



 そりゃ一般的に天使に相対する存在っつったら悪魔だけどよ。羽ねぇんだよな、こいつ。



「テァ・フィーィス……」


 ルーファの渡したマントを握りしめ、天使が呟く。

 意味は分からないが翼が大きく揺れている所を見ると、好意的な存在ではないのだろう。ルーファには己から仕掛けるつもりはない。


「そもそも地上はさぁ。天使がいる世界じゃないんだよな。キレイな顔してるけどさ、そいつらの残酷さは悪魔だって逃げ出すぜ? って事で……」


 男の姿がヒュッと音を立てて消える。

 瞬間、ルーファの抜き身の剣が、男の手とかち合っていた。指先まで覆われた鎧の掌と剣が噛み合う。

 鉄と鉄のこすれる音。

 ギギィと嫌な音を立てながら男の指が剣に絡まる。同時にルーファの蹴りが男の腹に入り吹き飛ぶ。

 地面に跡を残しながら膝を屈する甲冑男。



 くそっ、予想以上に重い……っ。



 いつもの感覚ならば、あと半メートルは優に飛ばせていたはずだった。

 甲冑男はダメージすらも感じさせず、立ち上がる。


「なんで邪魔するんだ? 人間のくせに。こっちは人間に用はないんだよ。オレが捕まえようとしてんのは、そっちの天使」


 それが聞ければ充分だった。

 ルーファは剣を構える。


「だったら、覚悟した方がいい。執念深い人間との闘いをな」

「わぁ、かっこいいねー。馬鹿なの? これ、見てごらんよ? 傷一つ入ってない。人間の武器じゃ限度があるんだよなぁ」


 掌を見せつけるようにする甲冑男に、向かって駆けだす。

 呆れたように肩を竦め、両手を広げる甲冑男。

 甲冑戦士とやる場合の定石と言えば継ぎ目を狙う事だが、この鎧ではそれも見込めない。

 ルーファは男の間合いに駆け込み、狙うは首筋。

 剣の横腹で殴りつけた。

 渾身の力を込めた一撃に、敵の体がかすかにぐらつく。逃さず、剣を手放し、落ちる剣の腹に蹴りを叩きこむ。


「……っ!!!!」


 予想外の攻撃だったのか、男が地面に手をつくより早く腰の鞘を首に噛ませ背後から締め上げた。

 甲冑は剣すらも通さない物だ。

 壊す事はできないが衝撃は殺せないと、最初の蹴りで分かっている。堅い鎧の中で衝撃は割り増し効果を生む。内部を揺さぶられ、締め付けれれば緩める術もない。彼を苦しめる物はルーファであってルーファではない。鎧そのものだ。


「……ぁ……、グッ……!!」


 うめき声。冷静な思考が効果を分析する。



 こいつは『息』をしている。

 布をかけて、蒸し焼きコースでENDだな。



「ルフス、待って!!!!」


 次の手へを取ろうしたルーファを、天使の声が留めた。

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