◆ 5・勇者は選抜式らしい ◆


 アーラは『セイジョ』というものを探したいらしい。彼女はたびたびルーファには分からない言語――彼は天使ちゃん語と命名した――を用いる。

 何に当たるかは追々聞き出すしかないだろうと、町に急ぐこととした。


 いつの間にか空は青く照っている。

 雲が晴れて見れば、まだ昼も日中ひなかだったのだと分かる。暴風雨が通った後のように、道には瑞々みずみずしい緑の木々が幾本も転がっていた。


 彼女と並んで歩くために歩幅を調整する男は、己が起こした惨事を棚に上げ、彼女のための道を整備する。

 すなわち――。


「〈 アエーラス風よ 〉」


 掌に小さな竜巻が生まれる。

 風の呪文だ。


「〈 ズレパーニ鎌と成せ 〉」


 形が平らかに鎌のように薄く、横幅を持って広がる。


「〈 ディエスシーゾ! 〉」


 呪文の終わりと共に、風の鎌が飛ぶ。まっすぐに全てを切り裂きながら地も、立ち塞がるみき微塵みじんに刈った。

 後に残るは小石すらない、柔らかな土の大地。

 彼女の足元から続く確かなみち


 彼女は驚いたように目を見開く。


「これ、……マ・ギィア?」

「ん? 魔法だぜ! 天使ちゃ……アーラ、足元には気を付けてくれよ?」


 紳士的にリードしている気分でルーファは告げる。だが彼女は少し悲し気に目を伏せた。


「痛くないのかな?」


 ルーファは再度唱えようとしていた唇を閉ざした。



 そ、そこで引くのかっ!? そうか、そうだよな、天使ちゃんだもんな?! どうするっ、ここで嫌われたくはねぇ!!!!



 彼女はすぐに、顔を上げて笑った。


「でも通りやすいね、ありがとう、ルフス」


 ずり落ちたマントからはチラリと翼が見える。力なく垂れている様に罪悪感が沸き起こる。



 あぁ!! 俺様なんて罪深い事を!! 天使ちゃんの翼がっ。



 宗教的に天使を祭る所はないし、信仰もされていない。国教会でも天使降臨の話はあれど、あくまで神の信奉者として教えられている。神の代弁者にして審判者、信奉者、色々な言葉で天使を表している。

 おごそかで美しいモノであることには変わりないのだ。


 ルーファは問いかける。


「木、に……ごめんなさい、したら許されるか?」


 彼女は少し考えて頷く。


「きっと大丈夫。消えては生まれるのが地上なんだって……。でも、本当は消えるのが、ないといいね?」


 目を凝らさなければ木屑さえ発見できない路に向かって、ルーファは頭を垂れた。


「……だから、ルフスのお手伝いに来たんだ」

「おぉ、お、お、おれ?? やっぱり、なんだな?! つまりその、いわゆるっ、俺がっ、で、OKってことだよな?!」

「うん? うん、ユーシャだと思う。私、初めて見た時から」


 ルーファの作った路を踏みしめ、進みながら彼女は翼をはためかせる。


「ずっと好きだったの。とっても強いヒト」


 ルーファは座り込んだ。



 俺の人生、ロクに良いことないなとか思ってたけど、全部見ててくれたんだな!? いつごろからかは分かんねぇけどっ、口ぶりからコレはかなり昔から一途いちずに想っててくれた系じゃね!?

 あんな危険な降り方までして、俺様に逢いたくて……っ。めっちゃ健気けなげじゃね!?

 責任とって結婚しよ。



 心を決めていた所で彼女がとんでもない発言をする。


「でも、ユーシャ候補は数人いるらしくて」

「……え?」

「兄さんが言ってたの。選抜式なんだって」


 アーラ選抜?!?! ってか俺様のアーラを名実共にGETするには、自称勇者のアホ共と戦え、……そういうことか?

 いや、勿論わかってる。

 アーラは可愛い。

 可愛いアーラが可愛すぎて強い男しか渡せないってのは、そんな気持ちは、よーく分かる。



 蒼穹を見上げる。


 いいだろう、お義兄様。その勝負、受けて立つ!!!!

 勇者候補者、全員ぶっ殺してでも勇者になるぜっ。

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