◆ 4・天使ちゃんを天使ちゃんって呼んだら引かれる? ◆


「まぁ、そういうわけで、俺様と天使ちゃんに関わるのは終わっとけ」


 話を切り上げるように甲冑男に言いおく。隣ではルーファの灰色マントを羽織った天使が「温かい」と呟く。

 ルーファは殺伐とした現実すらも遠くに飛んでいく心持ちだ。


「え、っと。天使、さま、良かったら移動しねぇか? ココはさっきモンスターが出た所でな、あらかた方は殺ッ……片付けたんだが! ほら、変なのも来たし? やややっぱり、安全な場所ではないし! その、天使、さま、が、行き場所が、そのアレだったら、その、良かったら、その、どっか別の、いや! やましい何かとか何もなくて! 本当に何もないし!? なんかあったら、勿論、……ダメだぁ! 俺を殺してくれっ!!!!」


 ポカンと口を開けて天使はルーファを見つめる。

 その瞳はまさに純粋無垢。独り相撲状態のルーファの叫びを受けて、彼女は提案する。


「そうだ、ナマエ。あのね、わたしのナマエ、つけて? ヒトにはしゅになるから……ルフス、つけて?」


 ルーファは安堵の息を吐いた。

 引かれていないと知り、胸をなでおろす。そして同時に、大役を仰せつかった現状に身を震わせた。


「なら、『アーラ』って呼ばせてくれ」

「あーら?」

「天使ちゃんが良いなら」


 言ってから、蒼白になるルーファ。 



 ちょっ、『天使ちゃん』とかキモくね?! 引いてねぇ?!



 黒い塊が起き上がり、キモイなどと暴言を吐いたが気にもならない。だが一応、その顔には蹴りを入れて沈めておく。

 咳払いをして、ルーファは再度言う。


「天使様さえ良ければ『アーラ』と呼ばせてほしい。古い言葉で『翼』って意味だ。いっそ他の奴らには呼ばせたくないくらいだけど」

「うん、ルフスありがとう。これから『アーラ』って呼んでね」


 ルーファは心にメモをする。

 曰く、天使は微笑みで邪心を浄化できる――である。汚れた心を洗い流された心地でいれば、打たれ強い甲冑男が地面を這って遠ざかろうとする事すらも許せた。

 もともとルーファには相手をする意味もない相手だ。

 何よりモンスター退治を請け負ってこの場所に来ていたのだ。任務完了の報告と報酬を貰いに町に戻らなければならない。

 しなければならないことリストには天使ちゃん項目も追加されている。



 天使ちゃんの服。

 天使ちゃんの靴。

 天使ちゃんの食事。

 天使ちゃんとおそろいの何か!!!!



 思えば、士官学校時代のルーファは孤高だった。人望はあったし、知り合いも多かったが特別親しい相手はいなかったのだ。

 大体学校という場所は頭と腕と顔が良ければうまくいく物だ。加えて代々軍人家系だった為に規律と上下関係も重んじていた。

 学校ではうまくやれていたと自負している。

 だが、ルーファの学生生活――ひいては人生に足りないものが恋愛であり、恋人である。


 ルーファは何故か壊滅的にモテなかった。

 一目惚れはされるし、カッコイイともてはやされもする。だが一時間もってくれた子はいない。それゆえ、ルーファには大きな憧れが山となっていた。

 恋人としたいことリスト。

 今や『俺様の天使ちゃんとしたい事リスト』と名を変えたものである。


「アーラ、町についたら買い物しようぜ!」


 天使アーラは言葉の意味が分からなかったらしく、可愛らしく首を傾げた。ルーファの青春が始まった瞬間である。

 だが、彼女は首を横に振る。


「セイジョ、捜そ?」


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