第2話 真夜中の卵焼き
ヒュ〜〜〜〜〜〜ドン!!!!
ヒュ〜〜〜〜ドン!!パラララララ、、、、
様々な打ち上げ花火が、真夏の夜空に色彩を添える。
とも子おばさん家の2階ベランダから見ることができる打ち上げ花火は、午前中には予約で埋まるどんな場所より、絶対にとっておきの特等席だったと思う。
そして翌日の朝には、赤味噌と昆布で出汁を取った味噌汁に白米、甘さが絶妙な卵焼きが準備されている。
これは、船橋鉄太がとも子おばさんと関わっている唯一の思い出だ。
今となっては、鉄太は金融関係の会社に就職して社会に揉まれ、とも子おばさんは『白寿』という老人ホームで足を揉まれている。
「行ってきまーす。」
午前8時。昨日スーパーで買った菓子パンをアイスカフェラテで流しこみ、誰もいない実家から出勤する。
就職して3ヶ月が経ち、少しは仕事に慣れてきたと思っていても、次は夏の蒸し暑さが体力を減らしていく。
鉄太の務めている金融会社は、家から車で15分走った場所にある。
自腹でローンを組んだNーBOXに乗り、エンジンをつけて冷房をMAXにする。
鉄太の中で、最近のトレンドはCreepy Nuts。ただ、滑舌が悪いからずっと鼻歌でノッている。
会社に着き、開店準備を進めていく。鉄太の務めている会社は比較的人間関係に恵まれていると思う。
少し年上っていうだけで威張る上司はいないし、同様の理由で開店準備等の雑務を全部押し付けようともしない。
ただ、モヤッとする。この違和感が何なのかは分からないが、きっと節電のために冷房を弱くしているんだろう。
とも子おばさんは、8月で100歳を迎える。それに加えて、松葉杖をつきながら歩けるというのだから、『白寿』の職員はとてもありがたく、少し怖い。
「自分で歩くよぉ。」
しわくちゃな笑顔で職員に伝えるが、もし万が一転んでしまったら一大事だ。
それに、最近は食事が取れていない。よく咳き込むようになったし、さっきの笑顔にもいつもほどの元気がない。
案の定、誤嚥性肺炎にかかっていた。まだ軽度ではあるが、年齢のこともあるため来年を迎えることができるかどうからしい。
とも子おばさんは鉄太の親戚らしいが詳しい家系図はよく分からない。それでも鉄太が小さい頃は、1番と言って良いほどに鉄太のことを可愛がっていた。高校生になってからは、連絡も取らず会うことも無くなっていたため、老人ホームに入居していることと、肺炎にかかっていることを同時に知らされた。
「ゴホゴホッ」
「可愛いてっちゃんの顔を見れたし、悔いはないねぇ。」
軽度と知らされたが、かなり体調が優れていないように見える。冗談のような、本気のような口ぶりで言うから反応に戸惑う。
「そんなこと言わないで。久しぶりに会えたんだし、面会できる時間も短いからさ。」
「俺、なんとか就職できたんだ。成長した姿はどう?」
「元気そうで良かったぁ。」
お互いに少し照れくさそうにしている。
「健二くんとあかりちゃんはどう?共働きであんまりかまってやれんけど、飯くらいは一緒に食べぇな。」
「俺も23歳だからそんなの気にしてないよ。楽しくやってる。」
「小さいときは、よくパパママがおら〜んってべそかいてたもんねぇ。」
「そんな小さい時のこと忘れたよ、、、、」
「花火大会まであと1ヶ月だから楽しみにしててね。外出許可出るんでしょ?久しぶりにおばさん家のベランダから花火見せてよ。」
「そうねぇ。」
7月の始まりを蝉たちが知らせる。
冷房の効いたNーBOXで、DAOKO×米津玄師の打上花火を流す。ただ、音痴だからずっと鼻歌で夏に浸る。
梅雨の時期は完全に明けて、カラッとした暑さの日々がやってきた。蝉たちの本領発揮だ。
ここ数年は10年に1度の大雨が、1年に3度のペースでやってくる。しかし、今日の朝のニュースでは全国的に猛暑日になることを、どっかの誰かがやった殺人事件報道の後に伝えていた。
あぁ、暑い。
喪服に真夏の日差しが差し込んできて、暑さを倍増させる。
面会をしてから2週間後、急に体調が悪化したらしい。亡くなった日の夜、母さんから電話で知らされた。
とも子おばさんの葬式はとても盛大に行われた。見たことのない人たちが焼香を立てては涙を流している。
「たくさんの人に送ってもらって、とも子おばさんは幸せだな。」
父さんも母さんも、ハンカチで涙を拭いている。
それでも俺の眼だけは、カラッとしていた。涙が出てこない。
とも子おばさんと俺が、どんな血縁関係だったかは今更どうだっていい。ただ、小さい頃の思い出だけがとも子おばさんと俺を繋いでいたことに対して、少しだけ憤りを覚えた。
あぁ、暑い。
今日が1年に3度の大雨だったなら泣けたのかな。
市の広報誌に、綺麗な円を描いた打ち上げ花火が載っている。割物という種類らしい。
今日は花火大会当日に最適な天候だった。日中は35度になると言っていたニュースも、日中は外に出なければさほど問題はない。
高校生の時は部活で忙しかったし、大学生の時は花火大会よりも友達の家で宅飲みしながら夜通しゲームだった。だから、花火をしっかりと眺めるなんて10年ぶりくらいかもしれない。
花火が打ち上がる時間は19時から。それまでは、実家でゆっくりするとしよう。
「とも子さん、花火見れなくて残念だったね。」
父さんが、土曜日だというのにスーツをはおりながら呟く。
「それじゃ父さんも仕事いってくるから。花火どうする?父さんと母さん18時には帰ってこれると思うけど。」
「せっかくおばさんと約束したから、ベランダから視るよ。」
「そっか。父さんと母さんはいつも通り家の外からチラッと見ようかな。」
「オッケー。行ってらっしゃーい。」
時刻は朝の8時。花火が始まるまでどうやって時間をつぶそう。
フワ〜ッと父さんがさっきまで飲んでいたホットコーヒーの香りが漂ってくる。
いつもなら絶対にアイスカフェラテだけど、ホットコーヒーでも飲んでみようかな。
冷房を2度下げて、マグカップにコーヒーフィルターを置く。
豆は既に煎ってあるので、あとはドリップするだけ。
お湯を注ぐと、勢いがよすぎたのかコーヒーが溢れ出そうになる。同時に、コーヒーのいい香りがしてきた。
匂いは良い。だけど、、。
「にがっ!!」
しかも熱いし。冷房下げたのに。冷蔵庫から牛乳を取り出してマグカップがいっぱいになるまで注ぐ。
時間はまだ8時15分。コーヒーを飲んでしまったから眼は冴えているが、二度寝でも決行しようかな。
ベットに横たわり、とも子おばさんや仕事のことを考える。すると、カフェイン作用よりも仕事の疲れが勝ったのか、自然と瞼が閉じてきた。
はっと目が覚めた。やばい。寝坊したかも。
時計をすぐに確認してみると18時。今日は土曜日で、花火大会の日だった。
社会人1年目の仕事疲れとは、カフェイン作用にも、休みの日に外に出かける気持ちにも勝つものなんだなと思い知らされる。
リビングにおりると、少し仕事が早く終わったのか母さんが夜ご飯の支度をしていた。
「飯どうするの?」
「全然お腹空いてないからいいや。とも子おばさん家行ってくる。」
「そ。生姜焼き作っておくから。気をつけて。」
軽い身支度をして外に出る。真っ赤な夕焼けが、街全体を熱く照らしてほんのりと気持ちを浮つかせる。
車の鍵は持ってるけど、歩いていってみようかな。
街中を歩いてみても、足取りが軽い人が多いのは気のせいだろうか。
汗ばんでいく体に当たる風が、いつもより気持ちよく感じる。
30分ほど歩いて、とも子おばさんの家に着く。家の鍵は玄関マットの下。とも子おばさんの遺品整理をしている親戚が気を利かせてくれたらしい。
鍵を開けて家の中に入ってみると、懐かしい香りとともに小さい頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。
それはとも子おばさんとの記憶だけでなく、父さんと母さんが俺に誤りながら、忙しそうに支度をしているシーンだったり、授業参観日に母さんが遅れて教室に入ってくるシーン。
今となっては笑って誤魔化せるはず。
色々と考えていると、花火が打ち上がる時間が迫っていた。ベランダに上がって色が変わって暗くなった夜空を眺める。
ボンッッ!!
ヒュ〜〜〜〜パァン!!!!
耳を塞ぎたくなるほどの轟音とともに、真っ暗な夜空一面に華麗な花びらが浮かび上がる。
花びらは一瞬で散り、再び空が暗くなる。
それからは度々轟音が鳴り響き、様々な形と色をした花びらが咲いては散ってを繰り返していく。
それはとても綺麗だった。綺麗だけれど、切なかった。
とも子おばさんは天国で見てるかな。普段は天国と地獄とか、宇宙人がいるとかいないとか、考えている余裕はないけれど。
とも子おばさんには天国で見ていてほしいな。
打ち上げ花火が終わるのはあっという間だった。時間は20時30分。1時間30分も花火に夢中になっていたことに驚きつつ、空腹感が押し寄せてきた。
とも子おばさんとベランダに別れを告げて、玄関の鍵を閉める。鍵はマットの下に戻しておく。
帰宅途中は、風が少しだけ肌寒くなっていた。それでも何故か心地良い。
家に帰ると、ラップにかけられた生姜焼きがリビングの机に置いてあった。
「おかえりー。」
父さんと母さんが缶ビールを片手に持ち、ほろ酔い状態になっていた。
すぐに、保温してある白米を茶碗にもる。ラップがかけられて冷めている生姜焼きをレンジで温める。
「いただきます。」
鉄太の友達の中には、既に一人暮らしを始めていて、食事が疎かになっている人もいる。そう考えると、親に感謝しなければならない。
「ごちそうさまでした。」
食器をシンクに置いて自分の部屋に戻る。洗い物も酔いから冷めたらやってくれるだろう。
時計をみると、22時だった。ここ最近は副交感神経がずっと優位に働いているのか、すぐに瞼が重たくなってくる。
お風呂に入りたいが、体も重たい。完全に眠ってしまうまで5分とかからなかった。
真夏の夜空に、1輪の大きな花が咲いている。横にはとも子おばさんと両親がいて微笑みながら夜空を眺めている。
「てっちゃん。てっちゃんなら大丈夫だよ。」
「やだよ。行かないで。」
「たまにはちゃんと甘えたって良いんだよ。」
「分かったから。もうちょっとだけ。」
「ごめんねぇ。でも、お別れです。」
夜空に咲く花が散っていく。
「分かんないよ。本当は。どうすれば良いんだよ。」
「だから、行かないで。」
反射的に起き上がった。今日が日曜日でよかったと思う。こんな夢を見せられたら、きっと仕事に支障がでるだろう。
それにしても、変な時間に起きてしまった。午前3時だった。
再び寝ようとしても、さっきの夢が頭から離れず寝つけない。
リビングに降りて、とりあえず水でも飲もう。
水を飲んでいると、お腹が空いていることに気づいた。ふと、とも子おばさんが作ってくれた朝食を思い出す。
あの卵焼き美味しかったな。
物思いにふけながら、台所に移動する。携帯で、『卵焼き 作り方』と検索し冷蔵庫から卵を取り出して四角いフライパンを握る。
砂糖を少しだけ多めに加えておいて、あとはネットのレシピ通り。
卵焼きの形を作るのに苦戦したが、なんとか作ることができた。
初めて作った割には美味しそうと、自画自賛する。
「いただきます。」
箸で一口サイズに切り、口の中に入れる。
「、、、、。」
もう一口。
「、、、、、、。」
あれ、、しょっぱいな。砂糖多めに入れたはずなのに。
真夜中というのは、人の頭を複雑にさせてくる。様々な思いが鉄太の頭の中に入り込み、なんとも言えない感情を生み出す。
また一口。
「、、、、、、、、。」
しょっぱさが増していく。
鉄太の服が濡れていく。頭の中に1年に3度の大雨が降り注ぐ。
様々な感情が氾濫する。
不安、期待、過去、将来、希望、家族、友達、とも子おばさん。
そして自分のこと。
しょっぱさが増した卵焼きを無我夢中に頬張り、完食する。
今は、まだしょっぱくて美味しくない。
でも、少しづつ甘くなるようにしよう。卵焼きも、自分にも。
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