【KAC20223】第六感でモテ人生を歩みたい探偵

ゆみねこ

第1話 第六感でモテ人生を歩みたい探偵

 俺の名は小林司、非モテでしがない探偵さ。


 俺の仕事は依頼人の為なら野を越え、山を越え、谷を越え。何が何でも事実を見つけ出す。

 毎日がミステリーとハラハラに包まれた、正に物語の主人公。皆んなからチヤホヤされて、ウハウハな人生。


──という訳ではない。


 俺は生まれつき異常に直感が鋭い。こういった説明のつかない感覚は全て第六感に分類されるらしい。

 まあ、その所為でゲームのチュートリアルばりに俺を安全な道へと誘導してくれる。例えば──


 ある日、俺の事務所に依頼を頼みに来た女性がいた。その依頼は旦那の浮気調査。

 至って普通な依頼であり、相場よりも高い報酬を出してくれると言っていた。


『勿論、お受け──』


 そう言いかけた時、急に頭が締め付けられる様な痛みに襲われた。

 西遊記の悟空の頭に付けられている輪っかばりの締め付けに悶えていると、俺はいつの間にか依頼を断っていた。


 その後、女性は別の探偵の元に行ったのだが、その探偵はしっかりと成果を上げて浮気の証拠を掴んで伝えた。

 すると、その成果に逆上した女性はその場で探偵を殺し、夫も殺してしまった様だ。


 俄かには信じきれない事態だが、その殺された探偵は俺の友人で詳しい情報も貰い、信じざるを得なかった。

 まあ、そいつの事はあまり好きではなかったから、生きようが死のうがどっちでもいいのだが。


 といった感じで、この事務所が殺人現場になるのを阻止した時の様に、直感のトリガーは激しい頭痛だ。

 本当にいつか潰れてしまうのではないか、という痛みを伴うが俺の直感の性能はピカイチだ。こいつは俺の身の安全をいつも守ってくれる。


 それは嬉しい。嬉しいのだが……。


──俺は注目されたい。何よりモテたい!


 生まれてこの方、彼女なんていた事がない。何か大きな事件を解き明かして、有名人になりたい!

 危なそうな事件に突っ込めば、俺の直感が正しい答えに導いてくれる!──と思った俺は、


「勿論、お引き受けしま──」


 そう言いかけた時、俺の頭が締め付けられる様に痛くなる。締め付けられて、外側から頭蓋を割られてしまいそうな程の痛み。

 それを振り払って──


「す!」


 直感が「避けろ」と女性が入ってきた時からビンビンに反応していた依頼を引き受けた。待ってろよ、俺のモテモテ人生!


 依頼人は二十代前半のうら若き女性。外見にかなり拘っている様で、ネイルから何から何までバッチリしていた。

 そんな女性が持ってきた依頼はこれだ。


──怪盗から呪いの宝石『ホープダイヤモンド』を盗まれるのを防いでほしい。


 今時、怪盗がいるかよと思ってスマホで情報をチェックすると、一人の人物が当たった。

 正体はおろか性別すら分からない。予告付きで、どんな手段を使ってでも金品を盗み出す窃盗犯らしい。一説には女性という噂も立っているが、確かではないらしい。


 全てが『らしい』で構成された謎の人物の名はアウトリュコス──ギリシャ神話で盗みの名人とされる男神の名だ。

 

「それで俺はどうすれば?」


 怪盗はおろか泥棒すら捕まえたことのない俺にはどうすればいいのか分からない。

 そんな状態で依頼を引き受けんなよという言葉が聞こえてくるが無視無視。


「お屋敷で警察の方と一緒に見張っていただけると嬉しいですわ」

「へぇ、そんな簡単な事だけでいいのですか」


 警察もいるだなんて、怖いものなしじゃないか。寧ろ完全に任せきりにしてもバチは当たらないだろう。


「了解しました」

「それではお屋敷に移動しましょう」



♢♦︎♢♦♢♦♢♦♢♦



「でっか〜い」


 俺はショーケースの中に入っている青色のダイヤモンドとその、周りの別のダイヤモンドが埋め込まれているペンダントを眺めていた。

 元はとある博物館にあったそうだが、持ち主を破滅させるという呪いの性質上巡り巡ってこの屋敷にたどり着いたらしい。


 俺はその存在を知らなかったがこの屋敷は相当な金持ちな様で、屋敷の大きさや中の装飾など抜け目なく豪華にされていた。

 まるで日本ではない別の国の様で俺はドキドキしながら屋敷を回っていた。


 そしてたどり着いたのがこの『ホープダイヤモンド』。今回、怪盗の手から守るお宝だ。


「お前達! ネズミ一匹入るのも出るのも見逃すなよ」


 豪快そうな刑事さんが周りの者にそう声を上げた。きっと彼に任せれば大丈夫であろう。

 その手柄をそれっぽく横取りすれば、俺のウハウハ人生へと移行出来るっていう作戦だ。


 因みに依頼人の女性とこの屋敷に入ってからも直感はビンビンに働いていて、本当に死にそうだった。

 ただ、今はそうでもなく痛みは引いていた。


 俺がホープダイヤモンドを眺めてから三時間後、女性が飲み物を配りにきた。


「機密性が高くて、どうしても暑くなってしまうのでお飲み物をどうぞ」


 そう言って、女性は水が入ったペットボトルを配っていく。

 真夏であるのかと思うほど、この中はどうも暑く汗もかなりかいてしまっている。


 刑事さんも喉が渇いてしまって困っていた様で、一瞬のうちに飲み干してしまった。

 俺も同様に非常に程が渇いているから飲もうと思ったら──


「いっつつ……」


 さっきまで鳴りを潜めていた頭痛──もとい直感が反応した。

 今まで以上のあまりの痛さに頭を抑えようとして、ペットボトルから手を離してしまった。


 高級そうな毛皮が敷かれている床に水を溢してしまった。

 ただの水であるが弁償沙汰になったら厄介だと思い、証拠隠滅のためにハンカチで床をポンポンと叩いていると、そのリズムに合わせる様にして警官が倒れていった。


 一回叩くと警官が一人。二回叩くと警官が二人。三人叩くと警官が三人。

 最後には刑事さんが倒れて、俺以外に立っている人がいなくなった。


──ある一人を除いて。


「これは?」

「貴方はそれを飲まなかったのですね」


 女性の視線が俺の手にある空のペットボトルに向いている。

 この状況とその視線が彼女の全てを物語っていた。


「少し予想外でしたわ。まさか貴方が残るとは」

「ああ、俺も予想外だったよ。まさか依頼主がアウトリュコスだったとはな」


 しかし疑問が残る。何故、俺をこの場に呼び寄せたのか。

 別に睡眠薬を盛って、警官を眠らせるのなら俺は呼ばれる必要はなかった。俺も警官と同じ様に眠っていたかもしれないし。


「何故、俺をこの場に呼び寄せた?」

「それはね、こういう場合を想定してよ」


 アウトリュコスが刑事さんの隣を通った時、彼の巨体が動いた。むくりと起き上がった彼はその大きな手でアウトリュコスを捕らえようとした。

 がその時、アウトリュコスは大きく跳躍して俺の背後に移動すると、俺の手を背後で固定して、首元にナイフを当ててきた。


「三菱刑事が私の相手をするのはこれで七回目。今のところ全て私が勝っていますが、そろそろ本気で来ると思いましてね。貴方を利用させてもらいました」

「アウトリュコス、その人からナイフを離せ」

「刑事さんがその拳銃を下げて、ホープダイヤモンドを渡して頂けたなら離してあげましょう」


 ちょちょちょ、確かに俺は危険な事件を欲したが、こんな展開望んでいない!

 頼む直感、何とかしてくれ。


「良いのですか? 貴方の選択でこの方が死んでしまうかもしれませんよ」

「チッ……。捕まっている男! 何とか避けろよ!」

「えっ?」


 そう言った直後、銃弾が発砲された。その弾は俺の左耳を掠って、アウトリュコスの髪に当たった。

 それと同時にアウトリュコスは持っていたナイフを大きく横に引いた──



♢♦︎♢♦♢♦♢♦♢♦



「ふあぁぁぁあ……」


 ある日の昼下がり、俺は事務所のソファに寝転がって大欠伸をしていた。

 あの一件を終えて俺の元に依頼が増える事もなく、また俺がモテるという事もなかった。


 ナイフで掻っ捌かれて何で生きているのか?──それは当てられていたのはアウトリュコスが改良した玩具のナイフだったからで、切れ味はないが妙にリアリティを追求した逸品だったからだ。

 アウトリュコスは俺の首を切るというフェイクで刑事さんの意識を逸らした瞬間に、ホープダイヤモンドを盗んで逃げていった。


 翌日の新聞記事にはアウトリュコスが現れて、ホープダイヤモンドを盗んでいったという旨しか書いていなく、俺の事は一言もなかった。

 まあ、仕事を全くしていなかったから仕方がないんだが……。


 あの時は命の危機を前にビビっていたが、よくよく考えれば水を溢した以降、直感が発動する事はなかったから命の危険がない事はお見通しだったのだろう。


 この一件を経て、危険な案件を受けて俺のモテようという願望は虚空の彼方に吸い込まれていったわけだ。

 直感を悪用しないで、普通に暮らそう。そう思った経験だった。


──俺、小林司のしがない非モテ探偵人生はまだまだ続いていくらしい。

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