レシピ2 魔物のステーキ グリルした彩り野菜を添えて
「てんちょーっ、いったいどこまで歩くんですか」
私は、足早に歩く店長の背中に声をかける。
「だから言っただろ、店に戻っていいって」
「今さら戻れませんよー! 私食べられちゃいますって」
泣きそう。行くも地獄、戻るも地獄だ、絶対。
バイト先の居酒屋ファンテジーごと、なぜだか異世界に飛ばされた私と店長は、こっちにきてから一か月ほどを過ごしている。元の世界に戻りたかったのに、恐ろしいほどに進展はなかった。目覚めてもここにいることに慣れてきた。突然襲ってくる獰猛な魔物は、ごはんをあげると途端におとなしくなった。
だけど──。
問題があった。
食料が尽きそうだったのだ。
籠城戦は、ジリジリと身も心も消耗していく。
私たちは決断を迫られた。
行くしかない。元の世界に帰るために。
ありったけの食料をリュックやポケットに詰め込んで、店長と私は出発した。
どこまでも続く森だけど、攻略法はきっとある──。
とある日。店から円状に探索していた私と店長は、店の西側に小さな湖を見つけた。中を覗き込むと水は綺麗に澄んでいる。恐る恐る、両手ですくい飲んでみると、すっきりとした味わいだ。
これは。
さらに湖に繋がるようにして、ごく細い小川が入り込んでいる。
その小川を目安に辿っていくのだ。店長の提案に私は頷いた。飲み水がある安心感。森の険しい緑のでこぼこ道を私たちは歩いていく。道中、やや登り坂になってきた。山に入るのだろうか。野営は仕方ないし覚悟はしている。
今日はまだ魔物は出ていない。しかし、緊張し続けていた身体はとっくに悲鳴をあげていた。
足が上がらない。
「店長、休憩、しませんか」
ふらふらした足取りが、そこにあったはずの道を踏み外した。枯れ葉で見えていなかった。足元を滑らせ、やばい、と思った時には高所から転落していた。
きゃああああ。
──おい。
────しっかりしろ、生きてるか。
て、てんちょう?
肩を揺すられ、頬を叩かれる。人の体温を感じる。
ハッと意識が戻り、私は起き上がった。いててて、身体の節々に痛みが走る。
「気を付けろ、身体を打っているみたいだ」
目の前にいたのは、店長じゃなかった。
「魔物?」
動こうとする私を制し、目の前の青年は言った。
「安心しろ、人間だ」
金髪に、エメラルドグリーンの瞳。着ているものは鎧にマント、そして背中には、剣。
まるで──。
「あなた、は……?」
「俺は勇者。レオナルド=スウェイ」
勇者。マジか。いちいち驚いていてもキリがない。とりあえず人間がいたんだ。よかった。
「ありがとう、助けてくれたのね、ええと」
レオでいいよ、勇者は微笑んだ。顔つきにはどことなく少年の面影があった、同い年くらいなんだろうか。
「大きな物音だったから、魔物かと思ったら、まさか人間がいるとはね」
「私は麻耶、実は──」
私はレオにこれまでのことを話した。ある日爆発音がして、気付けばこの世界に来ていたこと。魔物に襲われそうになっても、持っていた食料を調理して、与えて難を逃れてきたこと。
レオは相槌を打ちながら話を聴いてくれた。
「そうか、じゃあ麻耶は元の世界に戻るために、流れている小川をつたってここまで来たわけか」
レオは何やら思案している顔をしている。
「どうかしたの?」
私は聞く。
「提案がある」
レオは話し始めた。
「俺は小川の先の山を一つ越えたところにある、魔王の城に用がある」
魔王! 驚かないと決めた矢先にひっくり返る。ラスボス的なね。私には関係ないけど、勇者さんが倒してくれたら、魔物もいなくなるのかな。
「魔王は、約二百年の眠りから目覚めたばかりだ。魔王が目覚めてからというものの、魔物の様子がおかしい。以前よりも遥かに凶暴になった。俺はいくつかある人間の集落から来たんだけど。そこに古くから残された古文書に書いてあった通りだ」
うんうん、がんばって。
『魔王の復活、食卓を囲む勇者と仲間。聖なる杯を交わす時、世界に再び平穏がもたらされるであろう』
「その仲間が──、もしかしたら麻耶と、君の仲間てんちょーなんじゃないかな」
おいおい。話の方向がおかしいぞ。
つまり、一緒に魔王に会いに行くってこと?
そんな、死亡フラグしか立ってないんですけど。
「危険な旅にはなると思う。でも任せてほしい、俺にはこの剣がある」
えええええ。パーティ組む人間違ってますよ。でもここで置いて行かれても困るし。
「一緒に行ってもいい。でも、私のこと絶対に助けてよね」
レオはもちろんと応えて続ける。
「もう一つ、お願いがあるんだ。魔物に与えている、料理を食べさせてほしい。いくら腹が減っているとはいえ、簡単に魔物を手なずけるなんて。何か秘密があるのかもしれない」
秘密? ごくごく簡単な居酒屋のレシピだよ。まあ店長の腕は確かだけど。
私はリュックの中からレオに食べさせようと料理を出そうとした。
いやー本当に残り少ないんだよねー。
「危ない!」
レオが叫び、私を突き飛ばす。
黒い物体がレオと私の間を駆け抜ける。
来た! 魔物だ!
魔物は空から飛行してきた。大きなクチバシをした黒い鳥、カラスに似ているけれど違う。鋼みたいな体つきで、目付きはシャープ。引き締まった筋肉を使い高速移動して、次はレオを狙った。
「うおお」
レオが背中を剣を抜き、構える。
一閃。
怪鳥は、ドサリと地上へ落ちていた。
強い。さすが、勇者。喜んでついていきます!
私はホッと胸をなで下ろす。
夜が訪れた。闇が辺りを包み、私の心はまたもや恐怖を感じていた。
レオが枝葉を集めて火を点ける。焚火だ。
火は暖かく、不思議とそばに座っているだけで安心した。
「明日は日が昇ると共に動き出す。腹ごしらえをしておこう」
そう言うと、レオはずるずると先ほど倒した怪鳥を引きずってくる。
「えっ、まさか」
私が驚くと、レオは困惑した表情を浮かべる。
「何だよ、焼くより蒸すほうがいいか?」
「いや違くて! まさか魔物を、食べるの?」
「あー、ごめん。麻耶ってベジタリアン?」
「でもなくて! えーなんていうか……うん。そうだよね」
鶏も豚も牛も魚も、私は食べ続けて生きてきた。
魔物を食べるのも、当たり前でいいんだよね?
「レオ、一つだけいい?」
生き抜くために。私は決心した。
「その魔物さ、美味しいんだよね」
レオは小さく咳払いすると、大げさに両手を上げた。
「料理人の前で言うのもあれだけど、美味いぜ?」
レオは慣れた手つきで鶏を解体していく。
「鮮度があるから臭みがないんだ」
木の枝に刺して焚火の近くで炙り焼く。
パチリパチリ、滴る油が火花を起こす。
付け合わせは野菜でいいよな。私が持参した小型のフライパンを使い、レオは鮮やかな色をした野菜たちを焼いていく。
『魔物のステーキ グリルした彩り野菜を添えて』
引き締まった肉は高たんぱくでジューシー。後味は意外にもさっぱりしていて、手が止まらない。
レオの料理は、素材の味を引き出した調理法だった。
でも、もしかしたら──。
私はリュックから調味料の瓶を取り出す。
「これを掛けたらもっと美味しいと思う!」
ステーキに魔法の粉を振りかける。
「食べてみて」
レオはかぶりつく。
むしゃむしゃ、うん、うん。
彼の横顔が恍惚の表情に変わる。
「なんだこれ、最高にうまい」
よかったああ。私も安堵する。
深い暗闇の真下。火を頼りに食事をする。生きた心地だけがとても鮮明だった。
「麻耶、さっき何を加えたんだ」
「塩よ」
使わなくても十分美味しかったけどね。塩があるほうが馴染みの味になるんだ。居酒屋出身だからかな。炎の揺れをみていたレオは、絞り出すように、嘘だろと呟いた。
「──塩だって?」
その時だ──。
『魔王様のおなりィィー、魔王様のおなりィィー』
闇に紛れて、高さ二メートルはあるだろう巨大な馬の集団がドドドドドォォと、私たちが来た道を駆けてくる。馬にはこれまた巨大な角が生えていて、レオと私は身構えた。
『ムムムっ、人間! 人間がふたりッ』
先頭の馬に乗っているのはコウモリ。しかしそれは顔だけで、体はまるで人間のよう。奇妙なコウモリ人間だった。
『魔王様、殺しますかァ』
その後ろ、黒いマントにヴェールを被った人物、こちらが魔王なのだろう。
「夜の内に城へ戻る。邪魔をするならば殺せ」
ヒィ、鳥肌が立つ。目をつぶってやり過ごす。
しかし、レオが飛び出す。
「魔王、ここで会うとは。手間が省けた!」
アアアアァァア!
レオは驚異的な跳躍で魔王の眼前へ斬撃を繰り出した。
魔王は馬を操り、寸でのところでかわす。
はらりと切れたヴェールが地面へと落ちた。
表れた顔を見て私は驚愕する。
「玲美さん……? なんで」
コウモリ人間が乗っていた馬を時計回りに回転させ、丸太ほどの尻尾をレオにぶつけると、とてつもない力だったんだろう。レオはあっという間に地面へ弾き飛ばされた。
「進行する」
魔王が言うと、一行は速度を緩めることなく城の方角へと去っていった。
唖然として見上げた空。曇りの切れ間に、不気味な赤い月がぽっかりと浮かんでいた。
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