第57話「やけに嬉しそう」

「ふんふん~......ふふふっ」


 レストランを出てからというもの、凜の鼻歌が止まらなかった。花火が好きらしいので見ることができたということで喜んでいるのかもしれない。さらに高級そうなレストランでの食事だったので喜んでくれたのかもしれない。どうとらえても俺の功績のような気がしたので素直に喜んでおく。心の中でガッツポーズだ。


「あんまりはしゃいでると危ないぞ? スリに会うかもしれないし痴漢に会うかもしれない。すっかり暗くなってるんだからもう少し警戒をだな......」

「でも空くんが守ってくれるんでしょ? だからこうして手もちゃんと繋いでる」


 わざわざ繋いでいる手を上にあげて俺に見せてくれるが、感触でしっかりと分かっているので見せなくていい。恥ずかしくなるからやめてください。

 確かに、俺がいるので痴漢などは防げるかもしれないが、それでも呑気にしていればそこに付けこんでくるのが犯罪者というものだ。


「もしかして酔ってる? 雰囲気酔い再発したか?」

「再発って何のこと? 私はお酒飲んでないから酔ってないよ? 空くんこそ白ワインっぽいやつ飲んでたでしょ~。だめよ、未成年がお酒飲んじゃ」

「あれはお酒ではなく生姜ジュースだ。それに飲んでなくても酔う人はいるぞ? 今の凜なんかいい例だな」


 うきうきとテンションが完全に上がっている今の凜はまさに雰囲気酔いの権化のようになっている。

 花火を見ているときは普通だったはずなのだが、一体どこでその枷がはずれてしまったのやら。


「そうだ、空くん。観覧車乗ろうよ」

「え、何で観覧車? もう周りは暗くてよく見えないぞ?」

「ううん、そんなことないよ? 山とか海とか自然の綺麗なものは見られないけど、人が作り出す景色は見られるよ。それにこの遊園地を上から見れるのは今しかないっ」


 昼でも乗れたら見れるだろ、とはツッコまない。

 凜が楽しいと感じてくれればそれでいい。もちろん俺も楽しむが、俺は凜が楽しんでいる姿を見ることができればそれでいい。達成感というかよかったという安心感が俺にとっては楽しいと思える感情なのだ。


「あっちかな、こっちかな」


 土地勘がない凜に手を引かれて観覧車を探す旅が始まった。俺の頭の中には大体の場所が入っているので今向かっている先に観覧車は絶対にないことがわかるのだが、それは言い出さなかった。この今の状況すら凜は楽しんでいるような気がしたからだ。いや、もっと本音を言うならばこの状況を楽しみたかったのは俺の方かもしれない。


「ねぇ、だんだんと遠くなってるような気がするんだけど、こっちの道で合ってるのかな?」

「流石に現実世界にテレポートとかはないだろうから近づかないことには乗れないと思うけど」

「テレポートあったら楽なのになぁ。叫ぶだけで移動できるなんて夢みたい」

「目的地に素早く辿り着けるのはいいことかもしれないけど、道中の楽しみはなくなるだろうな」

「それはそれで困る!」


 そんな他愛もない会話をしながら俺はさりげなく凜を観覧車の方へと通じる道に誘った。

 遊園地の閉園時間まではまだある。観覧車に乗って、帰りに父さんへのお土産を買って帰るぐらいの時間はあるだろう。

 前原にも買うかは悩みどころだが、凜が高確率で高市に買うのでわざわざ同じところのお土産を渡す必要もないか。


 前原に渡そうと思ったのはそれをきっかけにしてこの遊園地でデートでもしてくれ、と思ったからだったのでそれの意味が成されないような気がするので今回はなしでいいだろう。


 凜は他にお土産を買う人がいるのだろうか。親はともかくとして、俺以外の仲の良い男子にもお土産を渡すかもしれないよな。表向きには彼氏とデートということになっているので男友達にお土産を渡すぐらい平気だろう。俺の器が狭いせいかもしれないな。気をつけねば。


「大丈夫? しかめっ面になってるけど。お腹痛いの?」

「いや、平気。ちょっと考え事していただけだから。あ、ほら見えてきたぞ。......結構でかいな」

「最大級クラスの大きさだってあそこに書いてある。楽しみだねっ!」


 凜の喜ぶ声に俺は流れで相槌を打つしかなった。別に怖いわけではない。だが今更になって、凜と二人きりで密室空間になるということに怖気づいてきただけだ。


 普通のカップルならば平気でできるようなことも俺と凜はできない。それは俺と凜が普通のカップルではないからだ。契約を介した見せかけのカップルだからだ。

 でなければ、この誰もがうらやむ美少女の彼氏を俺が担っているわけがないだろ。


 そんな二人で密室空間に入るのか。そういう言い方をしているからこそ、変に意識をしてしまっているのかもしれないが、結局、意識をずらそうとしたところで俺と凜が同じゴンドラの中に乗ることは変わらないのだ。


「あぁ、楽しみだな」


 俺はいたって平静を装って、凜と対峙する。

 これから乗り込み、そして降りるまでは俺自身との勝負である。そのことを肝に銘じて俺は凜とともに観覧車に乗った。

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