第58話「観覧車」

「空くんと二人きりになったのは久しぶりな気がするなぁ。基本時には一緒にいる気がするけど、こうして誰もいない空間に二人なのは久しぶり」

「そうか? 俺の家にいるときは大体二人きりだろ。たまに父さんが帰ってくるけどすぐに出ていくし」

「お義父さん元気? そろそろ私も一度ちゃんとした挨拶をしておいた方がいいよね?」

「相も変わらず元気でいろいろなところに飛び回ってるよ。営業命、仕事優先、で日々やってる。でも仕事はもう趣味みたいなものだからな。俺が高校生になってるからか余計にのめりこんでるよ」


 俺はあいさつのくだりを拾うことなく凜に返した。

 凜は父さんにもう一度しっかりとしたあいさつをしたいようだが、あの人にはそういう堅苦しいものは必要ない。むしろフランクに接してくれた方が父さんも喜ぶはずだ。

 ずっと「娘も欲しかった」と言っていたし。


「仲がよさそうで羨ましいわ。......今日は楽しかった。私が考えていたものよりもずっとずっと楽しかったし面白かった」


 俺の渡した花を大事そうに抱きながらそう言葉を吐き出した。

 凜がそういってくれて俺はとても嬉しくなった。もちろん俺は凜の本当の彼氏ではないのだが、途中からそんなことはどうでもよくなり如何に楽しむかを追求して調べまくった。その結果、凜も楽しんでくれたのだからよかった以外に言葉はいらないだろう。


「私はてっきり、行き当たりばったりでアトラクションには運よく一つ乗れたらいいかな、ぐらいにしか思ってなかったんだ」

「俺が下調べはしないって思ってたのか?」

「ん~、どうだろ。空くんは下調べをしていいデートをしようと考えてくれる人。それはわかってるつもりだった。けど、どうしてもこのデートは本物じゃないって思うとおざなりにされるかもしれないな~なんて」


 力なく笑う凜に俺は何も言えなかった。

 俺がここでどれだけ熱弁したとしてもきっと彼女の根本にあるその思いを変えることはできないのだろう。それは俺と凜の関係が所詮は借り物にすぎないからだ。


 頼っていると口ではいいながらその実、すべてを預けるかというとそうではない。ある程度の信頼は寄せるが、全幅の信頼は寄せていない。言葉にすると厳しいように見えるがそれが今の状況を言語化したものだろう。


「ま、今日が終わったらそんな心配は無用ってわかったんだけどね」

「......証明できたようで何より」

「逆にここまで紳士なのにどうして彼女はおろか、友達すらできないのかが不思議だよ。口の悪さぐらいしか欠点はないのに」

「それが致命傷なのかもな」

「そうかなぁ? 空くんぐらいの口が悪い人ならそこら中にごろごろ転がってる気がする。それこそ細川くんとかの豹変ぶりはびっくりで涙でそうだったもん」


 人間だれしも内側に秘めているものはどす黒くて汚い感情だ。それが実の場合は表に出てきてしまっただけで、俺にも凜にもあるはずだ。


「まぁそれをいうなら凜だってあれだけ告白されても一途に断り続けてるもんな。もう誰かに選んでしまえば俺を選ぶ必要もないのに」

「......空くんがいいから選んだのに」

「え、何かいったか?」

「ううん、何にも言ってない」


 何かは言ったのだろうが、ちょうど強風のせいでゴンドラが揺れて音が鳴り、凜の声を聞き取ることができなかった。俺が難聴というわけではない。


「その凜が想い続けてる相手はどうなんだ? もう彼女がいるんじゃないのか?」


 凜が惚れるほどの相手なのだ。さぞかしイケメンで優男で気遣いもできて頭もいいのだろう。だが、凜は俺の問いには堂々と首を横に振った。


「彼女どころか友達も少ないと思うわ。でも、一人が好き、というわけではなくて話しかける勇気がなかったから結果的に一人になってしまったって感じだけど」

「......なんか俺に境遇似てるな。でもそういう奴は珍しくない。仲良くしたいけどできないって一人で藻掻いてるやつは結構多い」


 俺調べ。

 俺が共感してそういうと、凜はなぜか大きくため息を吐いた。もしかして俺調べが間違っていたのだろうか。凜が調べてきた方が客観的な事実に基づいていて俺の論を一瞬で粉砕......。

 と、ここまで考えてようやく気付いたのは、凜が落胆していたはずなのに今度は肩を揺らして必死に笑いを堪えていた。


「まさかそういう考えになるとは思わなかった。空くんってやっぱり面白いね」

「それって褒めてる? いや、絶対褒めてないよね。馬鹿にしてない?」

「感心してるの。けどちょっとばかにもしてるかなぁ。それは私が意地悪だからじゃなくて、空くんが意地悪だからだよ?」

「えっ、俺何か凜に意地悪してしまったのか......? わざとじゃないんだ! けど、ごめん」

「いやいやいや!! そんなに謝らなくていいよ。不快にさせられたわけじゃないし......。変に期待させられただけっていうか、私が邪な気持ちを持ってただけだから」


 笑ったり怒ったり、恥じらったり、いつになく忙しない凜。

 俺と話す時だけ表情豊かならいいのにな、などと思ってしまうのはやはり独占欲の表れだろうか。


「でも、ちょっとでも申し訳ないって気持ちが空くんにあるのなら、花言葉を調べてみて。......この、バラの意味を」

「分かった」

「ストップっ!! ここで調べるのはダメ!」


 俺が携帯を取り出して調べようとするのを驚くほどのスピードで制止した。


「その......恥ずかしいから、かえって一人で見て」


 その言葉通りに俺は帰宅してから思い立って調べてみるのだが、バラが指し示す言葉に俺は悶絶する羽目になることをまだ知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る