第55話「ディナー」

 夜のパレードを思わぬ特等席で楽しみ、すっかりご満悦な凜はにこやかな笑みで一言。


「お腹すいたね」

「お昼食べてないようなものだしな。視覚からの刺激も多かったし、俺もお腹すいた」


 来た時とは違って、今度はゆっくりと二人で話しながら降りていく。ディナーは予約済みなのでそう焦ることはない。逆に焦り過ぎて予約時間よりも早く着いてしまうとその分待たなければならなくなる。

 アトラクションを待つのと、食事を待つのでは苦痛の種類が違うし食事の方が辛い。


 凜からのプレゼントであるペアルックの服は今度着ることになった。また今日のようにカップルのふりをしたデートがある、ということなのだろう。それに嬉しいと感じてしまっている自分と情けなさを感じてしまっている自分もいて板挟みにあっている。

 できればこのデートが終わってから次のデートまでに友達を一人確保しておきたい。そして俺の気持ちが今どのようなものなのか、を客観的に判断してほしい。


「今回はあんまり急がなくていいんだね」

「予約時間までもう少しあるからな。ちょうどについた方が待たなくていいだろ? それに......デートなら話しながら行く方がいい」

「空くん照れてる」

「照れてない」

「空くんは嘘をついている」

「ついてない」

「顔赤いよ?」

「気のせいだ。街灯の光が反射してるだけだ」


 俺がそう言い放つと凜は何を思ったか俺の頬に手の甲を押し付けた。

 ひんやりと冷たい手の感触が伝わってくる。そしてそれは俺の頬が凜の手と比較して温かくなっていることの証明でもあった。


「やっぱり。空くんは私とデートしてるっていうのが恥ずかしくて嘘をついていた」

「......なんか酔ってる? 雰囲気変わったような気がするけど大丈夫か?」

「全然平気でいつもの私だよ? でも嬉しくなってつい」


 俺が恥ずかしそうにデートと言ったからだろうか。それとも初めて凜と出かけるのにディナーはしっかりと予約まで取っていて完璧な布陣を整えているからだろうか。

 俺としては後者であってほしいと思うが、別に前者でも悪い気はしない。


「それはいつもの凜ではない気がするけどまぁいいや。さぁ、行こうか」

「私を連れて行って、王子様」


 この人絶対酔ってるだろ。雰囲気酔いか? でもまだ入店もしていない。まさか店の醸し出される雰囲気に充てられたのか?

 俺は歯がゆい気持ちを味わいながら凜を連れ添って入店する。


 簡潔に予約していることを告げ、テーブルに案内される。通されたのは夜の景色が一望できる絶好の場所だった。まぁそこも俺が頼んでおいたわけだが。

 この店はディナーをするには少し高めの店だ。ドレスコードまでは必要ないがそれ相応の教養を身につけておく必要がある。そしてそういうところは告白の場所に使われやすい。


 俺が予約したときに男女一名ずつと予約していたのでもしかするとそれを考えてこの席を通してくれているのかもしれない。普通なら高校生男子が「夜の景色が見える場所の予約をお願いします」といったところで相手にされないだろう。


「......これお金大丈夫なの?」

「心配するな。お金ならどうにでもなる。凜はその時その時を楽しんでくれればいい」


 格式高いお店に見えたらしく、凜が小声で心配そうに尋ねてくる。

 手持ちの金ではどうにもならないかもしれないが、いざとなればカードでどうにかなる。父さんに訳を話して認めてもらえたのがありがたい。使用するときは気をつけろと念押しされたが金のことに関しては父さんの方が気を付けてほしい。

 具体的には飲み会と称して毎晩酒盛りを楽しまないでほしい。それは経費ではありません。


 あ、そういえば。この店では男女で来店した際、最後に一つしなくてはならないことがあったのを思い出した。俺は担当の店員を呼び、タイミングとコース料理を頼んだ。もちろん、アルコールは抜いてもらう。


「空くんなんか手慣れてない? 緊張した様子もないし普通は担当の店員がつくこともないよ?」

「俺だって緊張ぐらいしてるさ。でもそういうみっともないところは見せられないだろ? だから頑張って見え張ってるだけ」

「私のために?」

「......さぁ?」


 俺にも答えがわからない質問に答えられるはずもなく俺は言葉を濁して逃げた。

 みっともないところを見せたくないのは彼氏としてなのだろうか、それとも一人の男としてなのだろうか。その判断がつかない以上、俺はどうにも答えることができない。


「でも、凜に楽しんでもらいたいっていう気持ちは本当だよ」

「今日一日で十分楽しませてもらったよ? いろいろな空くんも見れたし」

「......俺?」

「そう。たとえば乗り物酔いが酷くてすぐに酔ってしまうところとか、下準備は万全にしてくれるところとか、こうして綺麗な店を予約してくれるところとか。学校だけじゃ絶対に知らないだろうなってことをたくさん知ったよ」

「学校はあんまり居心地のいい場所ではないし、俺が表情豊かに語るところじゃないからな」


 どちらかというと大人と打ち合わせをしているときの方が楽しいと感じている。子供特有の何の意味もない自慢や日常会話などに俺は面白みを感じなかったし何より時間を無駄にしているように思えてならなかった。

 だが、こうして凜と一日を過ごしてみて、こういう日も悪くないとは思った。


「今日が終わるまではまだまだ楽しもうね!」

「そうだな、とりあえず......」


 どちらともがグラスを取って、


「「乾杯!!」」

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