食べられたいの
オダ 暁
食べられたいの
ねえねえ、男性ってどんな人が色気あるって思う?
スポーツ万能なアスリート?
ファショナブルなイケメン?
クールで知的な陰のあるタイプ?
好みはいろいろあるだろうけど、あたしは両目の鱗が落ちる程びっくりしたの。入社1年目の歓迎会、彼は会社の先輩だったけど、とある居酒屋に行ったんだわ。うちの経理部、総勢15人で。彼の印象は平凡で正直言って薄かった。ただ清潔そうなイメージではあったけど。
居酒屋入ったら、まず着席して掘りごたつ風な横長のテーブルにお座布団というレトロタイプ。男女が隣同士で希望者はときどき席替えあり、という粋な演出。
私の両隣は30位の紳士風な係長と一見物静かで上品な同僚。
当たりと思った!
二人ともお酒もいけるから、せっせとお酌したわ。
ふと真ん前見ると、事務的に喋っただけしかない係長より少し年下の主任さんがいる。
銀縁メガネかけて根暗でオタクそうな雰囲気。
真ん前で助かった、ラッキーなんてガッツポーズしたわ。
それがね、食事が進行していくと雰囲気が変わって行くのよ。いや、お酒が入ったらかな?
最初はノーマルだったのに、しだいに下品化していって・・・
特に紳士面した上司の係長がひどいの。
いくら無礼講といっても下ネタやエロ話の武勇伝ばっか。逆側隣の同僚は遠慮がちだったけど途中から弾けてきて学生時代の黒歴史をカミングアウトしだした。あたしをスルーして二人だけで盛り上がってるの。そのうち男同士が隣同士になるよう席替えされて失礼しちゃう!
「俺ずっと二股三股は当たり前、一人に絞れないから仕方ないよな~」
「ほんと係長モテモテだったんですね、それに比べて僕なんてふられるばかり、誰かいませんかね~」
「そろそろ絞って結婚したいよ」
「いつでも選び放題じゃないですか、僕はまず彼女が欲しいな。美人でグラマーな…ウエスト細い巨乳が好きナンス!」
「尻の形も決め手だぞ~」
彼らはあたしを無視して言いたい放題、でもあたしは慣れてるから大丈夫、なんせあたしデブの大食い、痩せていた時は可愛かったらしいけれど。自慢じゃないけどコネ入社だもんね。彼らなんて構わないで飲み食いしようっと。
ふと対面に目をやると、銀縁オタクの主任さんは黙々と飲み食いしていた。我関せずと誰とも喋らないで自分だけの世界に入っていた。
大食い競争みたいに下品な食べ方じゃない、キレイな芸術的と言ってもいい所作で。他人の目なんて眼中に映ってないようだった。
その合間にビールを独り酌しながら、焼き鳥や枝豆を淡々とついばんでる。
これはなんでしょうか?どう表現したらいいんでしょう?
素敵すぎる!
エロ過ぎる!
あたしのまなこは彼に釘付け、ああどうしよう。
ビールをくいと飲む姿もカッコよく、あたしはお酌をするのも忘れて見とれてたの。
一目惚れ?
スキー場の恋が芽生えるのは知ってるけど、まさか居酒屋でなんて。会話もろくにしてないのに。飲み食い姿にヒトメぼれなんて初体験だわ。
ほとんど魂を奪われちゃった。
ふいに隣の男どもから、声をかけられる。
「飲んでます~?食べ物は足りてます~?」
バカ話がとぎれて、あたしの存在にやっと気付いたようだ。というか、話の合間の穴埋めかい?
「欲しいものは注文していいからね、今回の歓迎会は部長の息子さんの結婚祝いを兼ねてるから追加は部長の奢りだからさ」
あたしは思い出した。部長の息子さんを結婚写真で見たことがある。もの凄い巨漢!噂ではトンカツ屋巡りが趣味だと・・・結婚相談所で苦労して見つけた相手とか。お相手の女性のウエディングドレス姿も写真で見たけど、やせぎすな鶴みたいだった。でも目出たい話だからケチはつけたくない。あたしも恋人欲しいと願ってたけど、こんな近くにヒトメぼれの男性がいたとは灯台下暗しだわ。あたしは気をとりなして周囲にビールをお酌しだした。まず隣の同僚と係長に。
「いやあ、君は前からお嫁さんタイプだと思ってたんだよ。子供何人も生めそうな健康そうな骨盤してるよね」
あたしの空のコップにもビールがつがれる、係長じきじきだ。
「なんといっても女は安産型の体形に限るよ、君は良妻賢母だろうね彼氏がうらやましいよ・・・・・・え、彼氏いないの?まあ世の中、見る目ないなあ、きっと見つかるよ。大丈夫、大丈夫だからね」
うっせえ!
聞いてねえよ。さっき女の品評会してたの聞こえたんだから。まったくウザいな、と係長の向こうに座っている同僚見たら、その向こうの年配のお局としゃべっている。ところどころ彼らの会話が聞こえてくる。
「ご両親の介護たいへんだったんですねー仕事もバリバリして・・・いやあご立派です、女性の鑑ですね」
なんて、同僚のお愛想の言葉。
「そうなのよ、だから適齢期も逃しちゃって」
お局の最終形な結論。
それが言いたかったのかい、気持ちはわかるよ。あたしも彼氏いなくなって久しいからさ。
おかげで食に走ってデブったわ。まあ、でも若さだけはあるもんな。
お局を慰めるように同僚。
「どんどん飲んで、うっぷん晴らしましょう。これからいい出会いあるかもしれませんよ」
お局のカミングアウト。
「実はシニアの結婚のメンバーになってるのよ~でもろくな男いない、介護要員とかヒモはいらないわ。ああ専業主婦になりたい、もう疲れた」
同僚のベストアンサー。
「財産持ちのご老人なんかいいんじゃないですか?後妻業の映画観たけど面白かった。大竹しのぶだったかな?あっぱれ女子だったですよ、遺産目当てでも尽くせばオーケーオーケー。終わり良ければ総て良しって言うじゃないですか。ひと花咲かして下さいよ」
「頑張ってみるわ」とお局の絶叫。
あたしも心の中でこっそり呟く。
その前にヒステリー治してください・・・
「ホッケの開き、ひとつ」
お運びの女性に注文する。脂ののったホッケはあたしの大好物だ。
「僕もお願いします」
といめんの主任も注文する。
「冷で日本酒も二合で」
日本酒?
ますます好感度は上がってくる。
真冬に熱燗もいけそうだな、一緒に呑む姿を想像する。
「お時間、十五分程焼きあがるまで頂きますが・・」
お運びの女性に主任と同時に答える。
「ダイジョブです!!」
差し向かいで声を出して笑う。
日本酒が運ばれてくる。
「君もどうですか?」
「あ・・はい」
いきなり、主任の景気いい声。
黙々と食べてたから、びっくりした。
「おねえさ~ん、おちょこ、もう一つね」
「は~い」
同じく景気いい返事。
日本酒をつがれ、乾杯をする。
「どうも、顔は知ってたけどじっくり喋ったことはなかったね」
「あたしも、こちらこそどうも」
主任は日本酒をくいと飲む。その飲みっぷりもエロい。今までキレイに飲食する男性には会ったことがあるけど、エロいなんて感じるのは初めて!あたしの色気目線にも気付かず、彼は無言で酒をススっている。
男の哀愁だわ~
ホッケが運ばれてくる。
アツアツの脂ののったでっかいホッケ。
あたしは魚はあんまり上手に食べれない。
骨が苦手なのよー
ホッケは比較的食べよいからオーダーするんだ。
鯛なんて骨が多くてギブアップすることがしばしば・・・
それでね。
ホッケ食べながら、下目で彼の様子見てたんだ。
器用な箸さばきで、魚の身を解体していく姿を。
ああ、あたし自分が裸になってベッドに寝っ転がってる気がしたわ。
そんな経験、昔数回しかないのに。
当時は今ほど太ってなかったもの。
それで彼に料理されてる気になるの、もう夢見心地・・・
「席替えターイム!」
宴会場に、肥えた幹事さんの大声が響く。
途端みだらな妄想から目が覚める。
「希望者だけ席替えしてくださ~い」
半数くらいの人が立ち上がり、カップを持って各々の席に移動する。隣の二人も、きゃぴきゃぴ女子の横で鼻の下を伸ばしていた。あたしと主任さんは現状維持。彼の指はとても形が良いの、ラッキーなことに指輪はしてないけど奥さんや恋人はいるのかな?飲食する姿にひとめぼれする女、他にもいるんじゃないのかな・・・
主任はホッケを骨だけ残して完食。猫と同じくらいキレイに食べる。
「ああ、旨かった。脂が乗ってプリプリだよなあ、ごちそうさまでした」
あたしは自分のこと言われたように勘違いして身悶えした。
いやん、どういたしまして。あたしの方はまだ半分くらいしか食べ終えてない。
「締めは、やっぱりアレかな」
主任さんはボソボソひとり言を呟いた。
アレ?何?
「締めのお任せルンバの特盛ね」
主任さんの謎のオーダー。
「お任せルンバって何ですか?」
あたしは興味津々で主任さんに尋ねる。
「ああ、ここの隠れメニュー。いろんなお得な盛り合わせ、店側の余りものが多いけど締めの特製スープがついててリーズナブルなんだ。特盛は千円だけど小盛はなんとワンコイン!」
「へええ、詳しいですねえ」
「この居酒屋、会社がよく使うからな。知る人は知る、だよ」
「じゃあ、あたしも小盛オーダーできます?」
「大丈夫だと思うけど・・メニューは何が来るかわからんぜ。それに量も多いけど食べれるの?食べれない物は言っといたほうがいいよ」
「好き嫌いありませんから・・小盛オーダーします!」
あたしはお運びの女性に、小声で注文する。だって隠れメニューだから。
はたして、お任せルンバが二つ同時に運ばれてくる。
残りものの寄せ集めらしき細々が大皿小皿に乗せられて。
ふと、といめんの大皿に視線をやると中身が微妙に違う。大皿は具だくさんのミニそーめん付きで小盛はミニスープ付き。ようは残り物をさらうメニューのわけね、常連さん御用達の。
あたしは、一口食べる。うん悪くないな、いけるじゃない。少量多種だから楽し~い!
主任さんは黙々と食べている。
あいかわらず色っぽい所作で。あたしが、また見惚れていると声をかけられる。
「どう?ワンコインなら良くない?」
「本当に、コスパ最高ですねえ」
「だろ?スープの出汁がまた美味いんだ」
あたしは一口飲んでみた。思わず、小さく叫ぶ。
「あ、美味しい!」
「このスープの出汁、秘伝だってよ。隠し味使ってる噂があるよ」
「隠し味?」
「ああ、料理長いわく滅多にないものらしいよ」
「凄く美味しい、今まで食べたことないみたいな味」
「不思議な味だろう?」
「何の味かしら」
「わからない、君があててみてよ。料理人に聞いても教えてくれないんだ」
「野菜とキノコのスープよね、具はありきたりのものばかり。なのに、なんでこんなに美味いのよ」
「名付けて・・残り物には福がある!お任せルンバだってさ」
あたしはスープをゆっくりと、じっくりと味わった。
「いろんな野菜を煮詰めた味かな?ポトフみたいに」
「僕もそう思った。ベースの出汁はたぶん野菜だ、でもそれにキノコなんかのエキスが加わってる」
「あ、そうよね。マッシュルームが結構入ってるわ」
「マッシュルームは高価だけどな、大量仕入れしてるのかもしれない。料理人の誰かの親戚にマッシュルーム育てている農家がいるって聞いたことがある」
「詳しいですね」
主任さんは、はにかんで笑う。
「いちおう常連だからさ、独身だし。ふだんはカウンター席で料理人相手に一杯飲んでるよ、たいがい一人で来るかな」
大皿には卵焼きやメザシ、それに様々な野菜のオンパレード。
「凄くたくさんの野菜・・」
「僕はここで栄養補給してるんだ、野菜不足だしね」
「それにしても種類が多いんですね」
「残りもンかもしれないけど、りっぱなものだろう?常連だから知ってるんだよ」
主任さんは自慢げに言う。
「うそうそ、ちゃんとメニューにも小さく書いてるよ、壁の張り紙にも野菜の調理法の紙貼ってるし」
あたしは隅の張り紙を見つけた。
お任せルンバ、野菜の調理法とある。各野菜の記載のあとに本日の野菜はお任せです、あしからず、と黒マジックで締められている。
別の張り紙には、残り物には福がある、と青いマジックで太字で。
小盛500円、大盛1000円とある。
野菜の調理法をひとつづつ目で読み上げていく。
青首大根(ステーキ風)
青長大根(蒸し煮)
紅時雨大根(チーズソテー)
紅芯大根(甘酢漬け)
ブロッコリー(塩ゆで)
じゃがいも(素揚げ、塩バタ味)
ごぼう(味付きフリット)
ふき(ゴマ煮)
黄かぶ(塩こうじ漬け焼き)
ピーマン(網焼き)
にんじん(素揚げ、かき揚げ)
にんじん(グラッセ風)
イエロービーツ(はちみつ、ラム酒付け)
玉葱(フリット)
ラディッシュ(昆布茶和え)
インゲン(塩ゆで)
キャベツ(千切り)
キャベツ(丸焼き)
白菜(ミルク煮)
レタス(ざく切り)
うど(酢味噌和え)
ふきのとう(てんぷら)
ぜんまい(煮物)
エリンギ(ガーリックソテー)
しいたけ(網焼き)
しめじ(マヨネーズ焼き)
えのきバター
ほうれん草(ゴマ和え)
ほうれん草(バター炒め)
トマト(薄切り、砂糖かけ)
トマト(クリームチーズ和え)
長いも(ステーキ風)
長いも(細切り)
なす(素揚げ、ニンニクソース付き)
なす(煮浸し)
ズッキーニ(素揚げ、レモンソース付き)
ニンニク(素揚げ、そのまま)
ショーガ(酢漬け)
きゅうり(酢の物)
太ネギ焼)
トウモロコシ焼き
小松菜(茹で)
春菊(サラダ))
ミニレタス(丸茹で)
(えんえんと続く)
凄い!
とても読み切れない。
よく、こんなにあるものだ。大皿や小皿には表示されている一部の野菜が盛り付けられている。大根は定番なんだろうな、と思った。
張り紙の最後に別枠に書かれたコーナーに目が留まる。赤いマジックで書かれている。
干支盛り、2000円。
子牛寅卯辰巳馬羊猿鳥戌亥のいずれか一品。
入荷があればご所望なら提供できます。
干支生まれの方は特別1000円!
トラや蛇や猿なんて食べる人いるんだろうか?蛇は遭難した人が食べた話を聞いたことあるし、猿は脳みそが美味いらしいけれど正直遠慮したい。あたしは食べ物には柔軟性がない。エスカルゴやすっぽんもノーサンキュー。でもアフリカ料理店でワニのステーキがあるのだからな~でも辰は竜でしょう、伝説の生き物でしょう。
そうだ、頼んでみよう。干支生まれじゃないけど。
「すみませーん、辰、お願いします」
お店の女性はギョッとした顔で私の方にやってくる。それから微笑みながら答える。
「すみません、今日はあいにく入荷してないいんですよ」
「いつ入荷予定なの?」
「未定です、ラム肉や鳥の唐揚げはご用意できますが」
なんだ、このふざけた会話は。
店サイドに教育されているのだな、そう答えろと。
なかなか粋な居酒屋じゃないの。
「分かりました、また今度にします」
一応ふつうに答える。
ほっとしたように店員が立ち去る。注文する客なもの。
「君、おもしろいね。楽しいよ」
ぼそっとした低い声。
声の主の、真ん前にいる主任さんを見ると、大皿の上の料理に舌鼓を打っている。
相変わらずエロい食べ方。
もう、たまんないわ~
あたしは楽しいと言われて、つい嬉しくなり彼に話しかける。
実はよく言われるセリフです、でも恋愛対象にはどうなのかな?
いい人って、どうでもいい人に通じるじゃない。
「あの・・独身だって聞いたけど彼女なんかはいるのですか?」
我ながら大胆な質問!
だって凄く気になるもの。
「いないけど」
あっさりと即答。
ブラボー!
あたしは心の中で叫んだわ。
こうなりゃ行動するしかない、三度のご飯をあんなに素敵に食べてくれる男性は他に絶対いない。作り甲斐があるってもんだわ。
「宴もたけなわになりました~皆さん十分に食べてますか?ここの一押しはお任せルンバ!絶品残り物料理ですが、まだ胃袋に空きがある人は超お勧めですから、どんどん召しあがってくださ~い」
幹事の男性のキンキン声が会場の広間に響く。
「お任せルンバって何?」と各座席から聞こえてくる、ついで壁の張り紙に彼らの視線が一斉に集中する。
次に「お任せルンバください」の注文が殺到。
「恒例のカラオケタイムになりました、制限時間1時間!自慢ののどを披露したい方から歌ってくださいね。我こそはと思うひとからどうぞ」
会場の隅っこにカラオケセットとマイクがある。幹事さんはお疲れモードで大声をだしている。本当にお疲れ様。
「君さ、{居酒屋}}歌えない?」
「居酒屋?」
「知らない?昭和のデュエット曲。僕のおはこ、親がカラオケボックスで良く歌うんだ」
「ご両親が?」
あたしの妄想タイムが始まった。
もし、あたしと主任さんが結婚したら義両親になるじゃない。二世代で{居酒屋}夫婦で歌うなんてハッピーじゃない?
主任さんから声をかけられる。
「なにニヤニヤしてるの{居酒屋}歌えるのかな?」
「歌えます」
あやふやだけど、今はそう答えるしかない。チャンスを逃してなるものか。
「{居酒屋}こちらの二人いきます」
主任さんがカラオケを頼む。
幹事さんは了解し、カラオケのセットを始める。
「トップバッターは{居酒屋}。男と女の出会いの機微を切々と歌い上げます。皆さま、お口で舌鼓打ちながらお耳でも鼓膜鼓打ってください、わが経理部のニューカップル、お願いします」
幹事さんのナレーターの流暢だこと、だてに太ってないわ、司会にぴったりの良く通る声だわ。いやん、恥ずかしい。ニューカップルなんて・・でも幹事さんグッドジョブ!
居酒屋の出だしが流れ、あたしらは歌いだした。あ~でもサビ以外よく分からない。仕方ないから適当に歌うけど、主任さん激うま!情緒のある、これまた色気のある歌い方。おまけに小声であたしのフォローまでしてくれる。ジェントルマンだわーもうもう絶対、離さないから。
会場の人達はお任せルンバをついばみながら歌に聞きほれている、主に彼の歌声を。歌っているあたしでさえ酔いしれていた。
最後は二人でハモる。
「本当の恋の物語~」
会場からは割れんばかりの拍手、ヒューヒューとはやし立てる声も聞こえる。
「主任さん、ありがとう。あたし、あんまり覚えてなくて」
「いや、うまかったよ」
「主任さんこそ、凄くお上手です」
二人は互いを褒めあい、すっかり気持ちはほぐれたみたい。気が付けば、お互いのプライベートな話をしていた。
あたしは彼のご両親や兄弟を、彼はお任せルンバがのどれがいいか、を探りあった。
彼は一人息子であたしは兄弟3人の末っ子、いつでも嫁に行ける。お任せルンバはどれも美味しいから選べないと返答。
彼はあたしが結婚まで夢見ているなんて想像もしてないみたい。当然だ、ろくに相手を知らないのだから。でも、あたしは短時間で惚れたのよ。時間なんか関係ね~、でもデブだから彼の眼中には無いだろうな。うう・・痩せてやるぞ~
「・・あのさ、君は彼氏いるの?」
「あたし?いませんよー」
「良かった~」
カラオケは他の人がわるがわる交代で歌っているけど、あたしたちは二人の世界に浸っていた。
「良かったってどうして?」
主任さんは、はたと生真面目な顔になり、それから微笑んだ。
「君が可愛いからさ、美味しそうに食べる姿いいよ。だから、今度デートしない?」
ウソだ、夢見てるんだ・・
こんなに事が都合よく進むはずがない。
あたしはホッペをつねる、痛いから現実。でも信じられない。
主任さんも自分が食べている姿を見てたなんて。
「あたしデブで自己嫌悪で自分が嫌になってました。それでもいいんですか?」
「僕だって別にもてやしないよ」
といめんの主任さんをしげしげと見る。平々凡々な容貌、なのに飲食やカラオケを始めたら途端イケメンに変貌するのだ。他の女が気付かないうちにゲットするぞ~
あたしも捨てたものじゃないって本当かな?
宴の時間も終わりに近づく。
ふと係長さんの方を見やると、へべれけになって管を巻いている。同僚の男性は面倒くさそうに介抱している。きゃぴきゃぴ女子は河岸を変えている。
「係長、飲みすぎですよー」
「うう・・気持ち悪い。吐きそうだ」
「待ってください、トイレで吐きましょう」
「うげー」
吐しゃ物で辺りが滅茶苦茶になる、臭い匂いが漂い、お店の人が会場に片づけにくる。
まったく紳士のイメージが台無しだ。それに比べて、主任さんの飲み方のキレイなこと!
歌も情感たっぷりでうまいし・・プラスαエロいのよ、もしかしたら彼自身さえ気付いていないかもしれないけれど。
あたしは、いつか彼に食べられたい。それが念願だわ。
お任せルンバは、どこのテーブルもほぼ完食。あたしと彼の恋物語は、これから始まりそう・・・
残り物には福がある、って真実だったのね。
だったらお局さんにも遅い春が来るかも。
とにかくハッピーハッピー❣
(おわり)
食べられたいの オダ 暁 @odaakatuki
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