第7話 私は推しに餌付けがしたい……!!


「あら、どうしたの森名さん」


 昼休みに職場の休憩室で焼きそばパンを食べていたら、上司の江波戸部長が話し掛けてきた。


 叱られるのかと思った私は、思わず姿勢を正す。



「今日は随分と仕事が早いじゃない。見違えたわ」

「え、そうでしょうか……」


 江波戸部長は手に持っていたお弁当を私の向かいの席に置いた。


 って、ええぇっ!? 私と一緒に食べるつもりかい。


 せっかくリベルトさんたちの様子を眺めながら、ゆっくりご飯を食べようと思ったのに。私にイケメンエルフ成分を補充させてよ~。



「森名さんって、いつもは私たちが指示したことしかしないじゃない? だけど自分から仕事を取りに行っていたじゃない。いつもやる気のない顔でボーっと仕事しているのに」

「う、すみません……」



 珍しく今日は褒めてきたな……と思ったけど、部長の言葉にはやっぱりどこか棘があるのよね。いや、これは機嫌の良い方の毒舌だからマシなのかな?



「もしかして、プライベートで何かあったの?」

「いや、別にそういう訳じゃ……」

「あっ、分かったわ。あなた、男ができたんでしょ?」

「ぶふぁ!?」


 まさか部長の口から男というワードが出るとは思わなかった。仕事一辺倒で、普段から男なんて見下していそうなのに。



「その反応。やっぱり図星だったのね~」


「ち、違いますよ! たまたまです、たまたま!!」


「ふぅん、たまたまねぇ~? でも森名さん。プライベートを充実させるのは、とても大事なことなのよ。仕事にもメリハリがつくわ。私もね、最近は――」


「あ、すみません。ちょっと失礼します」


 話の途中だったけれど、ちょっと待ってほしい。


 私のスマホに“聖女×英雄コネクト”から通知が入ったのだ。



「あれ? リベルトさんから呼び出しコールだ」

「森名さん!? リベルトって貴方まさか……!?」


 あぁ、もう五月蠅いな。別に私が誰と連絡を取ったっていいじゃない。どうせ私が外国人と付き合っていると勘違いしているんでしょ。生憎とこっちは部長なんかに構っている場合じゃないんです!!



 ちなみに呼出しというのは、新しく使えるようになった機能だ。


 実はこのアプリ、課金メニューの中にサブスクリプションがあったんだよね。


 ラインナップは三〇〇円のお手軽コースから三〇〇〇円までの月額コース。今回私は、取り敢えず一番下のコースに入ってみた。


 そうしたらリベルトさんが今みたいに、通知で私を呼び出せるようになったんだけど……どうしたんだろう。あの人が緊急の用事意外で連絡してくるなんて思えないし……。



「きっと何かあったんだわ……」


 どうしよう、なんだか嫌な予感がする。呑気にお昼を食べている場合じゃない!!



 席を立ち、私はトイレに向けて走りだした。


 江波戸部長は座ったままポカンとしていたけれど、そんなの無視だ。



 駆け込むようにトイレの個室の中に入ると、急いで扉の鍵を閉めた。



「はやく……はやく起動して!!」


 こちらからアプリを開きさえすれば、強制的に相手の様子を見ることができる。起動画面からすぐにパッと画面が切り替わる。そこに映しだされていたのは――



「ルークさん?」


 向こうの世界で魔道具を持っていたのはリベルトさんではなく、血塗れになって地面に横たわるルークさんの姿だった。



『シズクか!? 私の声が聞こえているのか……!?』

「ちょっと、どうしたんですかその傷は!? 待ってください、すぐに回復薬を送りますから!」


 どうやらお腹を怪我してしまったようで、苦しそうに息を吐いている。私は画面を操作して回復薬を選び、“支援”をタップした。


 ルークさんは真っ赤に濡れた手で回復薬の瓶を引っ掴み、一気に飲み込む。


 傷口からはシュワシュワと煙が立つ。痛みが伴うのか、ルークさんは小さく呻いた。



 でも良かった、治療が間に合ったみたいだ。

 幸いにも回復薬のストックには余裕がある。たくさんガチャを回しておいたのが功を奏した。



「いったい何があったんですか!! リベルトさんは……?」


 矢継ぎ早に訊ねてしまったが、ルークさんもかなり動揺している。傷そのものは回復薬ですぐに塞がったみたいだけど、いつもの勝気な様子は一切感じられない。



『魔族だ……奴らめ、囮を使って第一師団を罠に嵌めやがった!!』


 第一師団……そういえば私が会社に向かった後、リベルトさんたち第三師団は私が送った食糧を第一師団に届けるため出発したんだったっけ。


『我ら第三師団が彼らのもとに近付いた時、第一師団が魔族を追討している場面に遭遇したのだが……』


 第一師団は魔族に包囲された世界樹を奪還するため、最前線に基地を置いている。リベルトさんたちが向かったのもその場所のはずだ。



『おかしいと思ったんだ。少数で第一師団の本陣に突撃したかと思ったら、奴らすぐに引き返しやがった。だけどそれが罠で……』


 少数と言えど、逃せば脅威となる。これがもし第一師団の偵察だったら、情報を持ち帰られてしまうからだ。


 第一師団の兵士はそのことを、ちゃんと理解していた。第一師団は追撃を加えるべく、進軍することに。だけどそれは、魔族が用意した罠だった。



『もう少しで魔族を討ち取れる、というところで隠れていた魔族の本陣が真横から出てきた。不意打ちを喰らった第一師団はそのまま、窮地に陥ってしまったんだ』


 その現場を見た第三師団は当然、第一師団を救うべく向かったらしい。



『リベルト様はさらなる罠を警戒されていた。だから第三師団を分け、私に託された。そしてリベルト様は第一師団を救うべく、自ら向かわれてしまった……』


 リベルトさんの読み通り、さらに伏兵が居たらしい。その伏兵をルークさんが発見し、交戦。ルークさんは負傷してしまったようだ。



『たのむ、シズク……リベルト様を救ってくれ!!』


 目に涙を浮かべ、ルークさんは叫ぶ。


『リベルト様はシズクに悲惨な戦場を見せたくないと言って、私にこの魔道具を……だがあの御方は我らエルフにとって必要なんだ……私は彼を死なせたくない……!!』


 優しい彼のことだ。きっとこれ以上、私を頼り過ぎてはいけないとか余計なことを思っているに違いない。あまり私を戦争に深入りさせないためにも。



「……大丈夫ですよ、ルークさん」

『――えっ?』

「私はもう、弱いままじゃありません。覚悟を決めた以上、責任をもって最後まで第三師団のみんなを支援しますから」


 あんまり舐めてもらっちゃ困る。私だって生半可な決意で支援するって言ったんじゃないもの。


 だって私は、第三師団の特別顧問なんだから。



「――聞いたわよ、森名さん」

「えっ、誰!? その声ってもしかして」


 聞いたことのある声だ。それもついさっき聞いたばかりの人物。



 背中から冷や汗を垂らしつつ、私はおそるおそるトイレのドアを開けた。



「江波戸部長……どうしてここに……」

「森名さん、アナタもヒロコネをやっていたのね」

「ヒロコネ? って、まさか……!!」

「なに、知らないの? 聖女×英雄コネクト、略してヒロコネじゃない。えぇ、そうよ。私もこれをやっているの。それも、ずっと前からね」


 そんな、嘘でしょう!?


 しかもずっと前ってことは、私よりも先にあの世界を知っていたってこと?



「まぁ、気になることも多いでしょうけれど……それよりも今は、貴方の大事な人がピンチで困っているんじゃないの?」

「そ、それはそうなんですけれど……」


 肝心の魔道具はルークさんが持っているし、私じゃすぐに助けることができない。それにルークさんも傷が癒えたとはいえ、万全とは言えないわ。



「ふふふっ。そんなに困った顔をしないの。――仕方がないから、今回は私が助けてあげるわ」

「えっ、部長が……ですか?」

「えぇ。これでも私の彼は人間族の軍でもトップに居るの。だから……そのエルフたちに援軍を送ってあげる」


 なんですって!?

 しかも人間族の軍って……まさかリベルトさんが言っていた、最近魔道具で伸し上がった人って、江波戸部長のパートナーだったってこと!?



「部長、それって本当なんですか!?」

「えぇ。だけど、助けるには私も莫大なコストを払うことになるわ。果たして貴方に、その借りを返すことができるかしら?」


 コスト? 借り?


 それが何だっていうのよ!!



「なんだってやります。頑張って働いて、何があっても返しますから。だから、お願いします。私の大切なリベルトさんを救ってください」


 私はもう、ただの指示待ち人間じゃない。 


 大事なモノは自分から手を差し伸べる。


 そのためだったら、頭なんていくらでも下げてあげるわよ!!



 私の返答を聞いた江波戸部長は、満足そうにニッコリ微笑んだ。



「任せて頂戴。さぁ、みんなで協力して私たちの英雄を救うわよ!!」

「はい!! リベルトさん、待っていてください。今から助けますからね……!!」



 イケメンの餌付けライフは絶対に私が守るんだから!

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推しの英雄に餌付けをしたら、聖女に祭り上げられました。 ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara

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