第6話 私は私の戦場で


『魔族というのは異様に知恵は回るが、他者から略奪することしか能がない。善の心は一切持ち合わせていないし、我々とは絶対に分かり得ぬ生き物なのだ』


 そう言って、リベルトさんはブルーの瞳に憎悪の炎を燃え上がらせた。



『――すべては、ハイエルフである我らの王が魔族に暗殺されたことがキッカケだった』


 湖の中にそびえ立つ世界樹の城と、純血種の中でも特に強い力を持つ唯一無二のハイエルフ。


 エルフの国はその二つの偉大な存在によって守られてきた。



『魔族領とエルフ領は隣り合わせだったこともあって、小競り合い程度は度々あった。しかしそれまで奴らを世界樹の城まで侵入させたことは無かった。だが――」


 魔族の中に、擬態する能力を持つ個体が居たらしい。


 密かに城内のエルフと入れ替わり、そして王を――正面から殺害した。



『その魔族はよりによって、王妃の一人である人間に化けたんだ。王は抵抗することもできず、私達の目の前で魔族の凶刃に倒れた。……思えば王妃が魔族の手にかかった時点で、我らエルフの命運は決まってしまっていたのかもしれない』


「まさか、その人間の王妃様って……」


『……そうだ。その王妃は私の母だった。王は種族が違う母を心から愛していた。だからこそ、同じ顔をした魔族に後れを取ってしまったのだろうな――』


 なんてこと……。

 リベルトさんは自分の親を魔族に殺されてしまっていたのね。


 エルフの柱であったハイエルフが殺され、王城内は大混乱となった。


 さらに追い打ちをかけるように、魔族の軍が攻めてきたとの急報が入る。


 なんと王の暗殺の前に、すでに国境の警備まで抑えられていたそうだ。城の兵士が気付いた時にはすでに、湖の周りは魔族で包囲されてしまっていた。



 魔族がエルフに化けていたことが原因で、全員が疑心暗鬼に陥った。さらには王まで殺されては軍の指揮系統も滅茶苦茶だ。そんな状況では魔族を万全の状態で迎え撃つことは、到底不可能だった。



 結果、多くの避難民たちが王城に押し寄せた。魔族は捕虜を取らない。その土地にあるすべてを根こそぎ奪い去るのだ。せめて女子供だけでも逃がす時間を稼ぐため、男たちは最後の戦いをする覚悟を決めていた。



「そんな……」

『誰もが絶望の表情を浮かべていた。だがその時、我らに救世主が現れた』


 そんな彼らの前に、異様な雰囲気を纏った幼女が現れた。


 その幼女とはエルフの民なら誰もが知る、王国唯一の王女様。


 王が死んだことでハイエルフとなった、次代の王だった。



『ハイエルフとなる者は世界樹が決める。だが、よりにもよって最も若いミラ姫が選ばれてしまった』


 ミラ姫は当時、まだ一〇歳だった。


 それは数百年は生きる長命種であるエルフからしたら、まだ赤ん坊みたいなものらしい。だけどミラ姫は世界樹からハイエルフとしての魂をしっかりと受け継ぎ、民を護るために立ち上がった。



『ミラ姫はハイエルフだけが使える秘術で世界樹と融合し、得た莫大な魔力で国民全員を国外へ転移させた。さらには国中を覆う巨大な結界を張り、魔族から国を護ったのだ……姫は今も、たった一人世界樹に残り、我らの帰りを待っている』


 魔族の襲撃からすでに二〇年の月日が経った。だけど魔族はエルフの国を奪うことを諦めていない。


 ミラ姫は今も、あの城で結界を張り続けているそうだ。



『俺たちはミラ姫の献身のお陰でこうして生き延びている。その恩を返すため、必ず姫をお救いすると我らエルフは誓ったのだ!!』



 ◇



 エルフの国の出来事を聞いた後、私はリベルトさんに少し時間を貰うことにした。

 エルフのこと、魔族のこと。そして世界の向こう側に居る自分が何をできるのか。私はちゃんと分かっていなかったから。一晩かけて、じっくりと考えた。


 そして翌朝。私はリベルトさんに、改めて第三師団のみんなを支援することを伝えた。

 もちろん、誰かに言われて決めたんじゃない。私自身がそうしたいと思ったから。


 まだ責任とか、命の重さだとかなんて分からない。分かったつもりになっちゃいけないと思う。こればっかりは自分の目で見て、少しずつ理解するしかないんだ。


 そんなことをリベルトさんに伝えたら、少し驚いたように目を見開いたあと、フッと微笑んだ。



『――シズクは強いな』

「え? 私が……ですか?」


 そんなこと、生まれて初めて言われた。いつもウジウジ独りで悩んで、結局どこかで爆発して自己嫌悪に浸るような女だ。自分自身、こんなんで良く生きていられるなと思っているぐらいだったんだけど。



『シズクは恐れを知っている。勇気というのは蛮勇とは違う。自分の弱さを知った上で立ち上がろうとする心こそ勇気なのだと、私はそう思っている。だからシズクは強い』


 たしかに、今まで誰かに指示されないと私は動けなかった。失敗することを異様に恐れていた。だって、誰も転んだあとの立ち上がり方なんて教えてなんてくれなかったから。



『キミのその黒き瞳は闇を知っている目だ。知ってもなお、キラキラと輝いている。私はそんなシズクが大好きだ』

「すっ、好きっ……!?」

『私もシズクを全力で支える。だからどうか、我ら第三師団をよろしく頼む』




 別に恋愛感情で好きと言われたわけじゃないのは私も分かっちゃいるけれど、イケメンにこうまで言われて何もしないんじゃ女が廃る。やれることは何だってやってやろうじゃないの。


 私はリベルトさんと相談し、特別顧問となることになった。つまり、非公式ながら第三師団の一員となったわけだ。メインの仕事は第三師団の後方支援。さっそく私はその仕事をまっとうするべく、その場で課金し、ガチャを回しまくった。



『こんなに食糧や薬を……た、助かる!! ありがとうシズク!!』


 コッペパンを両手に抱えたリベルトさんはパンに頬を摺り寄せながら、喜びの表情を浮かべた。


 背後では彼の部下たちが大歓声を上げながら飛び跳ねている。誰も彼もいい大人のイケメンなのに、口いっぱいにパンを頬張ってはお互いに笑いあっていた。



『やはり聖女様だ!!』

『一生ついていきますよ聖女さま!!』


 一番下のランクで出たアイテムの殆どが食糧と医薬品だったんだけど、第三師団のみんなはとても喜んでくれた。特にパンは日本でも売っているようないろんなお惣菜パンだったから、奪い合いにまで発展しかけてしまった。



 ちなみになんだけど、リベルトさんは敢えてコレが欲しいという要望を出してはこなかった。あらかじめ私ができる範囲で、と言ってあったから気を使ってくれたんだと思う。


 何が出るかはガチャ次第……といってもゲームの無い世界の人に言ったところで伝わらないだろうし、私も要望通りの品を出せるわけじゃなかったからそこは助かった。



『助かったよ。物資の中でも、食料品は常に不足していたから。なぁ、ルーク』

『ふん。私はまだ彼女のことを認めたわけではありませんからね』


 レーズンパンを小さく千切りながら、少しずつ味わっていたルークさんがポツリと言った。彼(私の見立てでは彼女)は木の実が好物みたいで、レーズンを口に含む度に目尻が下がっていた。



『第一師団の兄上も喜んでくれるだろう。改めてお礼を言うよ。ありがとう、シズク』

「いえ、お役に立てて何よりです」


 私が送った食糧は、第三師団のメンバーだけではとてもじゃないけど食べきれない量だった。なので、同じバッハイム王国軍である第一師団にも送ることが決定した。



『兄上は私みたいなハーフに対して過保護過ぎるからな。受け取ってももらうにも一苦労だろうな』


 リベルトさんは少し呆れた口調で、第一師団で副官をやっているお兄さんについて語った。



 第一師団は純血のエルフだけで編成された部隊。ハーフエルフの第三師団よりも強大な力を持っているって理由で自ら王都奪還のために最前線で戦っている人達だ。


 当然、第三師団よりもさらに厳しい環境に置かれている。リベルトさんは過保護だって言っていたけど、その表情はお兄さんのことを尊敬しているのが丸分かりだ。



 食糧不足かぁ。そりゃそうだよね。自分の土地は奪われてちゃ、農作物も収穫できないんだもん。


 またお給料が出たら可能な範囲で支援してあげたいな。役立つアイテムが出ることを祈りつつ、ね。



「それじゃあ、私はそろそろ仕事に行く準備をします。ちょくちょく様子を見ようと思いますので、もし何かあったら遠慮なく言ってくださいね?」

『ん、あぁそんな時間か。寂しいが……健闘を祈る、シズク特別顧問殿』

「ふふ。別に私は戦いに行くわけじゃないんですから……いや、アレはある意味命懸けかな? まぁ、頑張ってきます」



 別れの挨拶を終え、私は今日もスーツに身を包む。



「さぁって、頑張って餌付け費用を稼ぎますか!!」



 私は――私の戦場で勝ち抜いて見せる。

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