第十二話 女の子と先輩の一幕。
なんてことを言ってはみたものの、果たして僕なんかにメアリの言葉を聞くことができるのだろうか。
よしんば聞けたのだとしても、彼女の望みをかなえることはそれはそれは難しいことのように思われる。
神谷先輩の力を借りたところで、どれだけのことができるか。
僕たちは相変わらず図書室にいた。何をしているのかと言えば、もちろん件の問題を解決するための糸口を探しているわけで。
「……ええと」
どこかへと姿を隠していた神谷先輩が出て来ていた。さすがに姿をくらましたままでは、まともに会話はできなので出てきてもらったのだ。
神谷先輩は自分よりはるかに年下の小さな女の子相手にも、ガチガチに緊張している様子だった。
先輩の人見知りがひどいのは知ってはいた。だが、ここまでとは。
「先輩、大丈夫ですか?」
神谷先輩はだらだらと汗をしたたらせながら、荒い呼吸を繰り返していた。
「だ、だだ大丈夫……かな?」
神谷先輩はやはり汗を流しながら、僕を見てくる。僕に言われても困るところではあるのだけれど。
それはそれとして、だ。
「先輩……この子の言っていることってわかりますか?」
「わたしも英語はあまり得意な方じゃないんだけれど、まあなんとなくは」
さすが神谷先輩。先輩というだけあって、こういう時に頼りになる。
神谷先輩とメアリが何かを話している。さすがに流暢な会話というわけにはいかなかったが、身振り手振りを交えてなんとかなっている様子だ。
「うんうん……ええと、つまり……」
などと呟きつつ、拙い英語を駆使してむりくり会話を進めている。
こういう姿を見ると、普段のオドオドした姿が嘘のようだ。
一生懸命に話をする神谷先輩とこれまた一生懸命に言葉を伝えようとする金髪少女。
一見すると微笑ましい光景だと言えなくもないが、ずぶ濡れの状態でここまで来たメアリの行動を考えるとあまり笑えたものではなかった。
一体全体、何が起こったというのだろうか。
「……先輩、どうですか?」
一通りの会話が終わったのを見計らって、僕は神谷先輩に声をかけた。
先輩は難しい顔をしたまま、首を傾げている。眉間に寄った皺が、先輩の苦悩を物語っている。
「……えっとね、おそらくだけど、この子はこういうことを言いたいんだと思う」
そう前置きして、先輩は聞かせてくれた。
メアリが単独でここまで来た、その理由を。
とはいえ、先輩から伝え聞いたメアリの話は要領を得ない部分が多々あるので、僕の方からかいつまんで説明を試みようと思う。
まず、例の風間さんの家での出来事を思い出さなければならない。
『ささはら書店』という看板。仏壇にあった女性の写真。
なぜ風間さんはたった一人であの店を経営しているのか。
先輩が語るメアリの話は、荒唐無稽なように聞こえた。
なんでも、あの写真の女性。彼女こそ風間さんの奥さんなのだという。
「そういえば、風間さんの左手の薬指……」
結婚指輪らしきものがはまっていたことを思い出す。
なんとなく、ここは繋がった感じがあった。
では、なぜメアリはこの話を僕たちにしたかったのだろう。
わざわざずぶ濡れになってまで、だ。
「そもそも、なんでメアリはそのことを知っているんすか?」
「話をしたんだって」
「話? ……誰とですか?」
神谷先輩は困ったように眉間に皺を寄せ、ぐるりと虚空へ視線を巡らせる。
何を考えているのだろう? 僕には伝えにくいことだったりするのだろうか。
しかし、僕とメアリの間にはそれほど強い繋がりはない。風間さんや『ささはら書店』にしてもそうだ。
いや、だからこそ迷っているのかもしれない。それを言うべきか否かを。
所詮、部外者ということだ。
「……いえ、なんでもありません」
だから、僕が聞くべきことではないのだろう。そう思い、知りたい気持ちをぐっとこらえる。
そうすることが、正しいことなのだと信じて。
「……どうしたの?」
僕と先輩の話を遮るように、メアリが神谷先輩の制服を引っ張る。
割と強めに。何か言いたいことがあるのだろうか。
神谷先輩は膝を曲げ、メアリと視線を合わせる。二人は先ほどと同じように、四苦八苦しながら会話を始めた。
何を話し合っているのだろう? 僕にはてんでわからなかった。
こういう場面に遭遇すると、きちんと勉強しようという決意を抱く。
この短期間に何度思ったかわからないことだった。
「メアリはなんて言ってるんですか?」
僕が訊ねると、先輩は困った顔のまま、少しだけ考え込む。
けれど、それも本当に一瞬のことで、すぐに答えてくれた。
「たぶんわたしたち……というより真壁君に助けを求めてるんだと思う」
「はあ……助け、ですか」
僕に? どうして? そして何を助けて欲しいのだろう。
「僕は何をどうしたら?」
神谷先輩に訊ねてみたけれど、先輩は小さく首を振るだけで、何も言ってはくれなかった。
僕は……何をどうしたらいいのだろう?
続。
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