第九話 新たなる魔女。
月日は流れ、カレンダーは六月も後半に差しかかっていた。
部屋の窓から外を見ると、しとしとと雨が降り続いている。
「あー……」
真っ暗だった。まあ夜だし、当然か。
僕は体を起こし、ポリポリと頭を掻く。
なんだか頭が冴えてしまった。明日も学校があるのに。
どうしよう……。
僕はベッドから出て、ぼうっと暗闇を眺める。
さて、眠れなくなってしまった。何をするべきか。
とりあえず、部屋を出た。母さんを起こさないようにそっと。
ゆっくりと足音を殺して階段を下りていく。台所に行き、冷蔵庫を漁る。
何か食べようか。お腹が減ったような気もするし。
「んー……何もないなぁ」
冷蔵庫の中には、すぐに食べられるようなものはなかった。
母さんの主義としては、手作りで栄養のあるものをということらしい。
だから、外食なんて半年に一度くらいだ。ありがたいけれど。
何か食べ物を買いに行くべきか。
幸いにして、雨の勢いはそれほど強くない。傘を差せば十分だろう。
そう判断して、僕は玄関先にある傘を取って外に出た。
玄関の戸を開けると、思った通り雨の勢いは弱くなっていた。
ほっと息を吐く。傘を広げ、歩き出す。
近所でこの時間に空いている店と言えば、セブン〇レブンくらいか。
とうわけでセ〇ンイレブンへと向かう。
歩いて十分くらいの場所にあったような気がする。あまり行ったことがないので自信はないけれど。
それにしても、静かだ。
僕は立ち止まり、わずかに傘を傾ける。
厚い雲はなんだかどす黒く見えた。ひとりだ。僕は、この世界でひとり。
たったひとりの世界で、降り続く雨の中を僕は歩く。
もしかしたら、目的のセ〇ンに着いても誰もいないのではないか?
そんなバカげた考えが頭に浮かぶ。思わず笑いが漏れた。
そろそろ到着する。そういえば財布は持って忘れてないか?
尻ポケットをまさぐると、ちゃんとあったことにほっとする。
さて、何を買おうかな。
そんなことを考えていると、視界の端に何かが映った。
なんだろう、と足を止め、そちらを見やる。
ぼんやりとした人影……のようだった。
腰のあたりまである金色の長い髪。白い肌。
月とコンビニの明かりに照らし出されたその姿は浮世離れ……というか現世離れしているように見えた。
まるで、幽霊でも見ているかのようだ。
僕はじっと、その人影を見つめたまま、動けなかった。
まるで地面に足が縫い付けられたかのようだ。ぞくりと背筋に悪寒が走る。
どくんどくんと鼓動が早くなっていった。
恐怖。そうだ、これは恐怖だ。
今すぐこの場から逃げ出したい。けれど、足が動けなかった。
ゆらりと人影が振り返る。ゆっくりと。
顔の左側が露わになる。赤かった。真っ赤な、血のような瞳が僕を見る。
「うっ……!」
僕はすぐさま踵を返し、走った。
自分が何をしようとしていたのかを忘れて、自宅へと逃げかえる。
始めて見た。あれは……幽霊だ!
1
「――ということがあったんですよ」
放課後の図書室。司書の先生すらいない本棚の集合した部屋。
その図書室の隅の机に座り、僕は先日の恐怖体験を語っていた。
誰にと言えば、目の前に座る女子の先輩にだ。
「ふふ……大変だったね」
「信用してないですね」
「そ、そんなことないよ……」
僕が目を伏せると、先輩は慌てたようにフォローを入れてくる。
半分は冗談だけれど。とはいえ、もっと親身になってくれると思っていたのだけれど。
まあいいや。それよりも、だ。
僕は先輩に視線を向ける。
神谷雫。僕の一年上の先輩で、なぜか図書室に登校しているらしい。
極度の人見知りで教室には顔を出すことができないのだとか。
しかしなぜか僕に対してはフランクというか、普通に接している。
その部分が、よくわからなかった。
が、今はそんなことより先日僕が体験した幽霊騒動だ。
「どう思いますか?」
「どう……って?」
「だから、先輩的にはこれ、幽霊だと?」」
「えっと……それは……」
神谷先輩は考え込むように手元に視線を落とした。
「……わからない、かな」
少し考えた後、先輩はそう言った。眉間に皺を寄せ、ちょっと申し訳なさそうだった。
そんな先輩の様子に、こちらこそ申し訳ないような気持ちになる。
……悪いことをしてしまっただろうか。
「まあ先輩はあの場にはいませんでしたし、仕方がありませんね」
「ごめんね」
いや、別に誤って欲しいわけではないのだけれど。
僕はなんといったものかと思案する。どう言えば、先輩に伝わるだろうか。
などと考えていると、図書室の扉が開く音がした。
誰だろう? 司書の先生が戻って来たのだろうか。
そういば、司書の先生ってどんな人なのだろう。見た覚えがないかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えながら、振り返る。
すると、そこにいたのは司書の先生――ではなかった。
相手を射殺すような鋭い眼光と不機嫌そうにへの字に曲げられた口元。
何より、獲物を探すかのように図書室内へと視線を巡らせるその姿は、まさしく生きる死神そのものだった。
つまり、皐月亜里先生がいた。仁王立ちで。
皐月先生は僕を見付けると、いらだたし気に僕の方へと近付いてきた。
え? なんで? どうして? 僕、何かしたっけ?
皐月先生の逆鱗に触れるようなことをしただろうかと記憶を探るが、直近ではそんなことはしていない。
というか、自分で言うのもなんだけれど僕は一応優等生で通っている、はずだ。
というようなことを一瞬にして頭の中で考えていると、ガッと皐月先生が僕の胸倉を掴んでくる。
わずかにかかとが持ち上がった。
先生は小動物くらいなら殺せるのでは? と思えるような眼光で僕を見据える。
「……おい真壁、真壁陸」
「ふ、ふぁい」
「なんだそのマヌケな返事は。……まあいい。奴は来なかったか?」
「や、やつ……って誰ですか?」
「小早川だ。小早川樹里」
なるほど、小早川さんを探しているわけだ。しかし、小早川さんが図書室なんかに来るとは到底思えない。
というか来ていない。少なくとも僕が来てからは。
そのことを皐月先生に伝えると、先生は「チッ」と舌打ちをして、僕を解放してくれた。
「小早川に会ったら伝えておけ。職員室の私のところに来いと」
「い、イエッサー……」
ギロリと睨み付けられて、僕は縮こまる。
いや……僕を睨まれましても。
皐月先生が図書室から出ていくのを見ながら、僕はため息を吐いた。
全く……小早川さんは何をやらかしたんだ?
僕は小早川さんに心の中で毒づきながら、振り返る。
すると、今度は神谷先輩の姿が消えていた。
「先輩?」
僕は先輩の姿を探して、あちらこちらへと視線を動かす。
神谷先輩は本棚の影に隠れていた。顔の半分だけを出して、こちらを見ている。
「……先生、帰った?」
僕がうなずくと、神谷先輩は本棚の影から出てきた。
ほっと、胸を撫で下ろしている。
「こ、怖かった」
「あれが鬼の形相って奴なんですかね」
「はは……そうかもね」
神谷先輩は乾いた笑いを漏らしながら、同意してくれた。
つまりはそれほど怖かったということだ。普段の先輩なら、きっとそんなことは言わなかっただろう。
それにしても、何をやらかしたんだろう、小早川さん……。
2
翌日、朝。
通学路を歩いていると、なんとなく晴れやかな気分になる。
空気が澄んでいるというのか。今日が晴天だからか。
いずれにしても、僕はこういう日が割と好きだったりする。
ああ……なんだか今日はいい日になる気がするなぁ。
なんて思いながらのんびり歩いていると、だ。
「少年。……少年、ちょっと聞きたいことがあるのだが」
誰かが誰かを呼び止める声が聞こえる。僕は立ち止まり、あたりを見回した。
この時間、このあたりは人通りが少ない。まだ朝も早い時間だからだろうか。
僕以外に人影はなく、塀の上を猫が歩いていた。
おい、猫。誰かから呼ばれているぞ。
僕は冗談半分で猫にそう言ってみる。猫は「にゃー」と一声鳴いて、タッタッタッとどこかへ走って行ってしまった。
これで、正真正銘僕以外には誰もいなくなってしまった。
「少年、ねえ聞いてる? そこの少年って」
「…………僕、ですか?」
こういう時、ろくなことが起こらないものだ。
僕は自分の短い人生を顧みて、ある種の経験則のようなものを持っていた。
見ず知らずの人に声を掛けられるという状況はよくない。
なんだったら、このまま無視をしたいところだった。
……んだけれど、それは無理なようだ。
「僕に何か用ですか?」
振り返ると、そこには女の人がいた。
年は……わからないけれどたぶん二十歳から三十歳くらいか。少し焼けた肌にTシャツにジーンズという動きやすさ重視の恰好が妙に様になっている。
おそらく、屋外にいる時間が長いのだろう。
何より目を引いたのは、彼女の背負っている大きな荷物だ。
一体、何が入っているのだろう?
「ちょっと聞きたいのだけれど『ささはら書店』って知ってるかい?」
「えーと……」
『ささはら書店』といえば、小早川さんの親戚が経営している書店だったと思う。
小早川さんもそこでアルバイトをしているのだとか。中学生なのに。
ただ残念ながら『ささはら書店』の場所を僕は知らない。
「すみません。知らないんですよ」
「そっか……うんわかった。時間を取らせてしまったね」
「いえ、お役に立てずに……」
「いやいや、私の方が迷惑をかけたからね」
「迷惑なんてそんな……」
沈黙が訪れる。お互いに何も言わず、突っ立っているわけだ。
なぜ? 彼女の問いに対して返答はしたはずだけれど。
どうしてこの人は立ち尽くしたままなのだろう?
僕は彼女の行動が理解できず、眉間に皺を寄せた。そちらから動いてくれないと、こちらもこの場を離れにくいのだけれど。
「なあ少年」
なあ少年?
僕は思わず眉の端を動かす。
なんだろう? まだ何かあるのか?
嫌な予感はますます強くなる。面倒事に巻き込まれそうな予感がひしひしとした。
このままではダメだ。そう直感した。
早くこの場から離れないと。
「じ、じゃあ僕はこの辺で失礼しますね」
僕は女性の脇を通り抜けようとした。今から学校だから急いだ方がいい。
そうだ。僕は中学生。学業が優先。
こんなことに巻き込まれている場合ではない。
そう自分に言い聞かせて、早歩きをする。んだけれど、僕は足を止めた。
いや……止めざるを得なかったというべきだろうか。
なぜなら、件の女性が僕の腕を掴んできたのだから。
思わず「ヒッ……!」と声を漏らしてしまった。
「待て待て少年。私は困っているんだ」
「……はあ」
「日本人は困っている人を放っておかないものだ。いや、日本人というより人として当然のことだな」
「……はあ」
言いたいことはなんとなく察しが付くけれど、僕としてはごめん被りたいところだった。
なぜなら、遅刻してしまうから。
だから、ここはとぼけておこう。そうしたらこの人もあきらめるかもしれない。
「…………」
「…………」
しかし女性はあきらめるということを知らないらしい。
じっと、何かを期待するようなまなざしを僕に向けてくるのだった。
……圧倒的に関わりたくない。
しかし、手を放してくれそうにない。このままにしていてもラチが明かない。
どうしたらいいんだろう? あー面倒臭い。
僕はため息を吐きそうになって、寸でのところで我慢した。
それにしても、なんで僕がこんなことをしなくてはならないのだろう。
「……わかりましたよ。手伝います」
「ありがとう。少年はいい奴だな。私にはわかっていたよ」
女性はやっと手を放してくれた。そしてバンバンと僕の肩を叩いてくる。
すごくいい笑顔で。……痛い痛い。
「それで、一体どうしたらいいんですか?」
目的地を知らない人間がふたり集まってどうしようというのだろう。
「そうだねぇ……どうしようか」
女性はあごに手を当てて、考え込む。僕もとりあえず同じようなポーズを取った。
まあ考えないけれど。どうしようもないし。
「んー……ナントカって駅が目印らしいんだけれど」
「ナントカって……」
「なんだったかな……よく覚えてないな」
「そんな……」
覚えてないって……そんなことある?
「というか、なんでその『ささはら書店』に行きたいんですか?」
「ああ、実は私、今まで海外を点々としてたんだけれど」
おお……すごい。
「バックパッカーって奴ですか?」
「んー……ちょっと違うんだけれど、まあだいたい同じようなものだよ」
歯切れの悪い言い方が気になったけれど、僕みたいな他人には言いたくないことなのだろうか。
だったら、あまり突っ込んで聞かない方がいい……のだと思う。
というか今以上に面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。遅刻が確定しているのに、これ以上何かがあったら困る。
「それで、まあ久しぶりに日本に戻って来たわけだけれど」
「どれくらいぶりなんですか?」
「ええと……」
女性は右手の平の指を折り、数える。
「三年くらい、かな?」
「三年ぶりの日本ですか」
つまり三年ほど日本を離れていたわけだ。
三年間、海外を点々とする生活。どんな生活なんだろう。
それだけの期間日本を離れていたなら、まあ場所がわからなくなっても仕方がないのだろう。
僕には全く想像が付かない生活だった。
どんな暮らしをしていたのか、話を聞いてみたいところだったが今はこの人の目的地を探すことを優先しよう。めちゃくちゃ気になるけれど。
「というか、連絡は取れないんですか?」
「連絡って『ささはら書店』に?」
そうです、と僕は頷いた。もし連絡が付けば、僕はお役御免だ。
今ならまだ、遅刻しないですむだろう。
知り合いなら、連絡先を知っているはずだ。
「あー……ダメだね、それは」
「ダメって……なんでですか?」
「んーとね、私連絡手段を持っていないから」
あっけからんとそんなことを言ってのける。
連絡手段がないって……あるのか、そんなことが。
「じ、じゃあ今から突然その人のところに行くんですか?」
「まさか。ちゃんと事前に手紙は送ってるから大丈夫」
「手紙って」
でも今まで、この人はそうやって暮らしてきたのだろうな。
三年も日本を離れていれば、こんなふうになってしまう、のだろうか?
違う気もするけれど、今は触れないでおこう。
「それにしても、少年はしっかりしてるなぁ」
「……それはどうも」
僕がしっかりしている、というよりは、この日意図が行き当たりばったりなだけなような……。
「やっぱりメアリがいないとなー」
「……メアリって誰ですか?」
「ああ、私の連れだよ。実ははぐれてしまったんだよね」
へへ、と笑っているが、いいのだろうか。
メアリ……名前からして外国の人なのだろう。たぶん女性だ。
この人と一緒に日本に来たのだろうか。だったら、同い年くらいか?
きっとしっかりした人なのだろうけれど、どうしてはぐれたのだろう。
たぶん、原因はこの人だ。
大きな荷物を背負った女性は笑顔のまま、頬を掻く。
バツが悪そう、とはこういう表情を言うのだろうか。
「ええと、じゃあどうしましょう」
「どうしようか……そうだ、少年!」
「は、はい? なんですか?」
大きな荷物を背負った女性は何か思い付いたのだろうか。パッと表情を明るくし、ガッと僕の肩を掴んできた。
意外と……というわけでもないが、力が強かった。
「実はその店の店主の姪っ子がいるらしいんだが、君と同年代らしいんだ」
「ええと」
それは知ってる。そして話の流れから、言いたいこともなんとなくわかった。
「君、その子と知り合いだったりしないかね?」
「……まあ知り合いですけれども」
「おおそうか! そうれはよかった」
別に何もよくはないのでは?
とはいえ、この人がそう思うのももっともだ。この状況なら仕方がないだろう。
けれど残念なお知らせがある。
「僕とその姪っ子さんは確かに知り合いです。でも、ダメなんです」
「な、なぜだね? どうしてだ?」
女の人は驚いたように目を見開き、ガクガクと僕を揺さぶってくる。
「いやあの……実はですね」
僕はなぜダメなのかの理由を説明した。
説明、と言ってもたった一言だけれど。
「僕……その人の連絡先を知らないんです」
「なん……だと?」
女の人はショックを受けた様子だった。バックパックの肩紐がずれている。
なんでかこちらが悪いような気がしてくる。人間って不思議なものだ。
「……なんかすみません」
「いや、いいんだ。少年のせいではないよ」
大きな荷物を背負った女性はふらっと振り返った。
ふとスマホの時計を見ると、バッチリ遅刻が確定していた。別にいいけれど。
「では……そうだな」
考え込むようにしている様子を横目に見ながら、僕は早く解放されることを願っていた。
なぜ僕はこんな目に合わなくてはいけないのだろう。
不思議に思ったけれど、だからといって逃げ出すこともかなわなかった。
一応最後の手段は思い付いていた。
つまり、この人を学校に連れていくことだ。そうすれば、解決は見るだろう。
なぜなら、学校には小早川さんがいる。小早川さんなら当然『ささはら書店』の場所を知ってるはずだ。
なにせ、そこで働いているのだから。
けれど、それは……ねえ。
「……少年、君はこれから学校かい?」
「え? ええと、まあそうですね」
唐突に話が変わったような気がして、警戒する僕。
そんな僕の内心を知ってか知らずか、彼女は微笑んでいた。
なんだか、すごく嫌な予感がするなぁ……。
こういう時の嫌な予感はよく当たると、僕は経験側として知っていた。
3
最終手段だと思っていた。なのに、なぜか僕は件の女性と一緒に校門前にいた。
本当になぜだ? 首を傾げたくなる現象だった。
何はともあれ、来てしまったものは仕方がない。幸いなことに? 登校の時間を大幅に過ぎているので人気はなかった。
それだけが救いだったのだが、さてこれからどうしたものだろう。
僕は後ろでニコニコとほほ笑んでいる女性を憎らしく思った。
「……絶対に騒ぎは起こさないでくださいよ」
「わかっている。わかっているさ」
女性は荷物を抱え直し、ニコニコしたままだった。
本当にわかっているのだろうか、この人は。
僕は半信半疑のまま、大きな荷物を抱えた女性に再度釘を刺した。
「ここにいてくださいね。くれぐれも騒ぎは起こさないで」
「大丈夫だよ。しかし君こそ大丈夫かね? こんな時間に登校奈ど不良なのでは?」
「誰のせいだと思ってるんだ」
大丈夫ですよ。何も心配しないでください。
「本音と建て前が逆になっているぞ、少年」
やかましい。
「とにかく、お願いしますよ」
ここまでのやりとりで、この人に常識というものがまるでないことはわかった。
つまり、気を遣うだけ無駄だということだ。
無駄なことは、なるべくやらないのが賢い選択だろう。
というわけで、ミッションスタートだ。
成功条件事態は、それほど難しくはない。小早川さんに会うというただそれだけだ。
事情を説明して『ささはら書店』の場所を聞き出す。
そうすれば、後はそこまで連れて行ってお終いだ。もう会うこともないだろう。
問題は小早川さんのもとまでたどり着けるのか、ということだ。
既に授業は始まっているようだった。そんな中で、担当の先生に見付からずに小早川さんにコンタクトを取るのはすごく難しいだろう。
見付かったらゲームオーバーだ。……なんで僕がこんな目に。
「では、ちょっと行ってきます」
大きな荷物を抱えた女性は手を振ってくる。呑気なものだ。
校門をよじ登り、グラウンドへ降り立つ。
さて、ここからどうしたものだろうか。
……とりあえず図書室へ行こう。たぶん神谷先輩がいるはずだ。
神谷先輩に相談してみたら、何かしらいいアイデアを出してくれる……と思う。
僕は身を低くして、ゆっくりと進んでいく。
こんなことに意味があるのか? と疑問に思うこともあるが今は最大限何でもやるしかなかった。
グラウンドを取り囲むように生えている木の陰に隠れ、校舎へと向かう。
木の陰から、玄関を観察した。人影はなし、だ。
僕は姿勢を低くしたまま、玄関へと向かった。
大丈夫だ。ここまでは見付かっていない。そしてこれからも見付からないだろう。
もしかしたら、僕はこういうの得意だったのかもしれない。
自分の意外な才能に驚きながら、僕は内履きへと履き替える。
その後、下駄箱の影から廊下の様子を観察する。と、誰かがいた。
あれは――体育教師の森岡先生だ。生活指導も兼任している。
このご時世に体罰上等で皐月先生と並んで、校内では厳しいことで有名だった。
森岡先生は体罰もうまい下限を心得ているのか、あまり問題にならない。
つまりあの先生には親や世論が黙っていないぞ、という脅しがあまり通用しないのだ。
これは厄介だぞ。なにせ見付かったら確実に時間を取られる。そうなれば、校門前で待っているであろうあの人が何かやらかす確率が上がってしまう。
ここは、見付からずに切り抜けなくては。
僕は森岡先生の様子を観察していた。森岡先生はゆっくりと、だが大きな歩幅でこちらへと歩いてくる。
慌てて隠れる。その際、蹴とばしたか何かしたらしく、からんと割と大きなおとが響いてしまった。
森岡先生の足音が止まる。
「誰かいるのかー?」
先生が声をあげる。ここで返事をしてしまっては元も子もないので当然黙っていることにした。
じっと、嵐が過ぎ去るのを待つだけだ。
いつもならなんてことないのだけれど、今は見付かったらまずい。早くどこかへ行ってくれ。
しかし森岡先生はどこかへ行くどころか、さらに近付いてくる。
やはり怪しまれているようだ。どうにかしないと。
僕は周囲を見回して、頭を巡らせる。
どうしよう……早く何か思い付け、僕。
僕がぐるぐると思考を巡らせていると、視界の端に何かが飛び込んできた。
傘だ。今日は曇ってはいるけれど、雨は降っていない。
念のため、誰かが持ってきていたのだろう。その傘を見て、僕はピンときた。
これで、この場は切り抜けられるかもしれない。
一か八かの賭けだという自覚はあったけれど、僕は誰かもわからないっ傘の持ち主に謝罪しながら手に取った。
これを、地面に直接置く。そして僕は先生の動きに合わせて、下駄箱の周りをぐるりと回る。
「……ん? なんだ、傘が倒れただけだったのか」
森岡先生は傘を傘立てに直すと、どこかへと行ってしまった。
「ふー……危なかった」
なんとか見付からずにすんだことにほっと安堵する。
とはいえ、またいつ他の先生が姿を現すかわかったものではない。
早くこの場を立ち去らなくては。
僕は下駄箱の影から顔を出して、周囲を見回した。
幸いにして、森岡先生以外の先生の姿はなかった。……よかった。
さてと、ならば少しでも早く、神谷先輩がいるであろう図書室へと向かおう。
というわけで、身を低くしつつ、足音を殺して廊下を歩く。
ドキンドキンッと心臓が大きく鳴っているのがわかった。そりゃあそうだ。
こんな不良みたいなこと、普段なら絶対にしない。小早川さんならするかもしれないけれど。
なんて考えてみたが、ないなと思った。
小早川さんならもっと堂々としているだろう。僕のようにこそこそしていないはずだ。
階段を昇り、廊下を横切り図書室の前へとたどり着いた。
森岡先生の襲来以外は、大したトラブルもなくこれた。よかったと胸を撫で下ろす。
ここまで来たら、こちらのものだ。司書の先生はいないだろうから、咎められる心配もない。
僕は何の憂いもなく、ガラリとドアを開けるのだった。
「…………」
「…………」
「…………」
しかしそこには、先客がいた。神谷先輩ではない。
おそらく、三年生だろう。男子と女子のペア。お互いに顔を近付けて、楽しそうに談笑していた。
していた、んだけれど、僕が入って来たことにより中断されたらしく、驚いたようにこちらを見ていた。
いやいや、僕の方こそびっくりなんですが。
交際している、のだろうか。
ふたりは目配せして、それから僕に笑顔を向けてくる。
年上らしい、とてもやさしい顔で。
やさしかったのだけれど、どこか高圧的な雰囲気もあった。
「君、一年生? 今は授業中だよ」
自分たちのことは棚に上げて、上級生が言ってくる。
僕としては、あんたたちはいいのか? と言いたかったけれど、今はぐっとこらえた。
それよりも、優先するべき事案があったから。
「すみません。ただ、こちらにも事情がありまして」
「事情? それはどんな?」
「先輩たちには関係のないことです」
と言ってから、しまったと思った。
名も知らぬ先輩は明らかにむっとした様子で、僕を睨んでくる。
が、すぐに下級生に対して大人げないと思ったのか、先ほどの柔らかな表情に戻った。
はたまた、彼女の前だからだろうか。
「それはすまない。……では、俺たちが出ていこうか?」
本音を言えば、邪魔者である僕に出て行ってほしいのだろう。
そういう心の内が、先輩の目の奥に透けて視えるようだった。
しかしお断りだ。あなたたちこそ出て行ってほしい。
「そうですね。ではお願いします」
「ぐっ……」
僕は先輩たちの本音に気付かないふりをして、頭を下げる。
「ありがとうございます」
ダメ押しにお礼を言ってみる。これ以上は言葉を交わすつもりはない。
僕の言外の主張を汲み取ってくれたのか、先輩は顔を引きつらせながら出て行ってくれた。
絶対に苛立っただろうけれど、まあそれはそれだ。
何か問題が起こったらその時に対処しよう。
それにしても、なんだか失ったものが大き過ぎるきもする。それもこれもあの人のせいだ。
僕は校門で待っているであろう大きな荷物を背負った女性の姿を思い出して、舌打ちした。
「神谷先輩、いますか?」
「……真壁君、ありがとう」
本棚の陰から顔を出して、神谷先輩が開口一番お礼を言ってくる。
お礼を言われるようなことをした覚えはなかったが、まあ言いたいことはなんとなくわかった。
さっきの先輩たちのことだろう。
神谷先輩のことだ。文句なんて言えるはずがない。ああして隠れているのが精一杯だったのだろうな。
それは置いておいて。
「ところで先輩、ちょっと相談があるんです」
「え? うん、わかった」
神谷先輩はいつもの席に座った。僕は先輩の向かいに座る。
「……実は今、困ってまして」
「ええと、どうしたの?」
先輩は眉根を寄せ、不安そうだった。僕のここまでの苦労は知らないようだ。
知ってはいたことだけれど、神谷先輩の持っている能力は全知全能ではない。
先輩が知ることのできる未来は限られている、と本人は言っていた。
果たしてどこまで本当なのかは定かではないが、まあそれはいい。
今は先輩の知恵を借りたいのだから。
「かくかくしかじかで小早川さんのところに行きたいんですけれど」
「はあ……」
「ただ、今授業中じゃないですか」
「そうだね……つまり、誰にも見付からずに教室に行きたいってことだね?」
「はい、そうですね」
話が早くて助かる。
「それで、先輩の知恵を貸していただきたく」
「貸していただきたく……と言われましても」
神谷先輩はこれまた困ったように眉根を寄せた。
むむむ、と眉間にしわを寄せて悩む先輩の姿に、僕はちょっと罪悪感を抱く。
何か、失敗したらしい。……どうしたものだろう。
先輩と一緒に悩むことにした。
さて、神谷先輩も考えてくれていることだしここは僕も知恵を絞らなくては。
今の時間は授業中だ。仮に休み時間になってしれっと教室に行ったとしても、多少の騒ぎは避けられないだろう。
そうなったら、まず時間をロスするわけだから、それは避けたい。
一番いいのは、小早川さんを有無を言わさず連れ出すことだ。そのためには、無言で彼女の手を握って……いやいや、ありえないだろう。
僕は自分がしてしまったその想像を打ち消す。そんなことをしたらクラス中の噂の的になってしまうことは明白だった。
「……こういうのはどう?」
神谷先輩が口を開く。発案はこうだ。
まず図書室から出る。じゃないと始まらないからだ。
そしたら、教室まで一直線で向かう。その際、先生の内の誰かと顔を合わせる可能性があるが、その時はトイレ等に隠れてやり過ごす。
教室に付いたら、小早川さんを見付けて消しゴムのカスでも投げ付ける。これで気付いてもらえるだろうということだった。
後は人気のない場所に呼び出して、要件を伝え得ればミッションクリアというわけでだ。
あんまりうまくいきそうにないけれど。
「僕としては、先生に見付からずにすめばなんでもいいんですけれど」
「そうだね。……わたしは手伝えないけれど、がんばって」
先輩は少しだけ声のトーンを落とした。心配、してくれているのだろうか。
もしそうだとしたら、申し訳ないな。先輩は関係ないのに。
何か気の利いたことを言いたかったけれど、何も言えなかった。
「……それじゃあ、僕はそろそろ行きますね」
僕は立ち上がり、神谷先輩に背を向ける。いつまでもここで話をしているわけにはいかなかった。
図書室を出ると、僕は気合を入れた。
ここから僕の所属する一年三組の教室まではそこそこ距離がある。
どうにかしてそこまでたどり着かなくてはならない。しかし、たどり着くまでにはいくつもの苦難が待っているだろう。
それらを潜り抜け、僕は行く。そして一刻も早くこの責務から逃れるんだ。
――行くぞ!
4
……なんて思っていたけれど、思いの他あっさりと教室の前まではたどり着いた。
思わず拍子抜けしてしまうほどだ。
まず、確かに教師陣はいた。けれど、誰もが慌てているようだった。
走っている先生はさすがにいなかったけれど、早歩きだったり急いでいたり。
先生って大変なんだな、と物陰から隠れて見ていて思った。
何より、ほとんどの先生が付かれた顔をしていたのが印象的だった。
皐月先生くらいだろう。疲れを表に出していかったのは。
「……将来は教師にだけはなるまい」
僕はひとり胸の内でそう決意し、頷く。
何はともあれ、僕は教室へと到着したのだった。
さてと。ここからどうするか。
姿勢を低くして、教室内の様子を伺う。英語の授業中だった。
担当の教師はふたり。ひとりは日本人の馬宮幸助先生。黒縁眼鏡がよく似合う、優しい先生だった。
そして、彼とともに英語を教えているのは、アメリカから来日しているウェーブかかった金髪が特徴的な先生。
アメンダ・キャサリン先生。二十三歳。
ふたり体制の授業中だった。これはまずい。
何がまずいって先生がふたりいるところだ。
ひとりならまだなんとかなったかもしれない。しかし一度にふたりを相手になど。
僕の力量で、そんなことができるはずがない。……一体どうしたらいいんだ。
「……何をしているんだ?」
ビクッ!
突然声をかけられて、僕は思わず声を上げそうになってしまった。
誰だ? という見付かってしまった。
これで皐月先生とかだったら完全に詰みだ。お手上げだった。
「あの……ええとですね、これは……」
僕はおそるおそる振り返った。こうなってしまった以上は仕方がない。
ただただ平謝りして、勢いに任せて小早川さんを連れて行くしかない。
自分の中で覚悟を決め、その声に主を見る。……そして僕の決意は無に帰した。
なぜなら、僕に声をかけてきたのはまさしく、今僕が探し求めていた人物だったからだ。
つまりは、小早川さんがそこにいた。
けだるそうな表情で。
「……おはよう、小早川さん」
「おう」
僕が挨拶をすると、小早川さんは軽快に答えてくれた。
ふむ……これにてミッションクリアってことか。
ちょっと拍子抜けしたけれど、まあ結果オーライだしいいか。
「どうしたんだよ真壁。おまえも遅刻したのか?」
「ええと、まあうん。そうなんだよ」
「へー、珍しいな。あたしは常習犯だけれど、おまえはまじめな奴なのにな」
「まあいろいろあって」
いろいろ、本当にいろいろあって遅刻してしまった。
けれどそんなことはどうだっていい。これで、目的の場所が聞き出せる。
「実は『ささはら書店』に行きたいんだけれど」
「……は? なんでまた」
「ちょっとした用事があって」
「用事だと?」
小早川さんは眉間にしわを寄せ、みるみる不機嫌になっていく。
その顔、止めてもらいたいのだけれど。怖いから。
「なんだよ、用事って」
「ええと……実はそこまで人を案内しなくちゃいけないんだけれど、場所がわからないんだ」
「……人?」
「うん、そう」
それで小早川さんに場所を聞きに来たわけだけれど。
今の説明で伝わったのだろうか。不安と恐怖を感じながら、彼女の返答を待つ。
数秒の思案の後、小早川さんははあとため息を吐いた。
「その案内しないとって奴はどんな奴なんだ?」
「え? どんなって……」
「特徴を教えろってんだよ」
特徴……は割とはっきりしている。
Tシャツにジーンズ。背中に大きな荷物を背負った女性だ。
そのことを小早川さんに伝えると、チッと舌打ちした。
なんだなんだ?
「わかったよ。あたしが案内する。だから真壁は教室に入れよ」
「入れ……と言われましても」
いまさら教室にも入りずらい。せめてこの授業が終わるまでは時間をつぶしたいところだ。
後、あの人の目的を知りたいという好奇心もあった。
「僕もついて行っちゃダメかな?」
「……はあ? 意味わかなんねえんだが」
まあそうだろう。僕としてはただ道案内を頼まれただけだ。
関係者でもないのに、ずかずかと何を言い出しているんだという話だ。
でもまあ、ここまで来たんだからこのまま他人事として終わらせるのもいかがなものか。
と、僕は思っていた。
「ダメ……かな?」
「……ダメではないんだが」
僕が詰め寄ると、小早川さんはハッと息を吐き、くるりと身を翻す。
「ほら、行くぞ」
「わかったよ」
ずんずんと歩いていく小早川さんの後を、僕は追いかけるのであった。
5
というわけで校門に戻ってきた。
「やあやあ少年。やっと戻って来てくれたね」
「え、ええ……まあそりゃあ」
戻って来なかったとしたら、どんな目に遭わされるかわかったものじゃないから。
僕は愛想笑いを浮かべながら、心の中で独り言ちる。
そんな僕と一緒にやって来た小早川さんの姿を発見し、大きな荷物を抱えた女性は首を傾げた。
「ふむ……ところでそちらのお嬢さんはどなたかな?」
「え? ……ええと」
小早川さんの態度からして、知り合いだと思ったが違ったらしい。
おかしいな?
「何言ってやがんだ、この野郎」
小早川さんは苛立たしげな態度を隠すことなく、彼女を睨み付ける。
「ずいぶんと口の悪いお嬢さんだ。この子は君の恋人かい?」
「違うに決まってんだろうが!」
僕も否定しようとしたけれど、それより早く小早川さんがピシッと否定する。
まあそうなんだろうけれど、そんなにい大きな声で否定しなくても。
僕はただ笑うしかないなと思っていると、大きな荷物を抱えた女性はわけがわからないというようにさらに首を傾げていた。
「どういうことだろう?」
「てめっ……本気で言ってんのかよ」
「すまないね。……もしかして私たちは知り合いだったりするのかな?」
「まさしく知り合いなんだよ」
「へえ……そうなんだね」
大きな荷物を背負った女性は困ったように首を捻った。
「とりあえず、君の名前を聞いてもいいかな?」
「……小早川樹里だ」
「………………え?」
小早川さんが名乗った途端、女性の目が点になってしまった。
なんだ? なんであんなに驚いてるんだろう?
「……まじか」
大きな荷物を背負った女性は相当びっくりしたらしい。絶句している。
僕はといえば、置いてけぼりにされているけれど。
数秒、沈黙が舞い降りる。しーん、と静まり返ってしまった。
ええと……どうしよう。
なんてことを考えていると、大きな荷物を背負った女性は小早川さんに手を伸ばした。
わしわしと頭をなでまわし始めた。
「うそー!ほんとに樹里ちゃんか。おっきくなったなぁー」
わしわしわしわしわしわしわしわし。
まるで犬か何かをなでまわすように、小早川さんをなでまわしている。
「やめろやめろ! つかいてぇ!」
小早川さんは彼女の腕を振り解いて、距離を取る。
「でもなんで樹里ちゃんが? ……ああ、そうか」
大きな荷物を背負った女性は僕を見て、校舎を見て、また小早川さんを見た。
それで、大体の事情を察したらしく、ポンと手を打つ。
「少年が言っていた知り合いって樹里ちゃんだったのか」
「だったらなんだってんだよ」
「何ということはないのだけれど……ふたりは本当に交際してないのかい?」
「してねぇって言ってんだろうが!」
小早川さんがいら立った様子で声を張り上げる。反対に女性の方はにやにやしていた。……いい性格をしているなぁ。
ぎゃーぎゃー、と騒ぐ小早川さんと何度手を跳ね除けられてもなで続ける大きな荷物を背負った女性。
なんだろう、この光景は。不思議な感じだ。
それにしても、仲がいいのか悪いのか。よくわからない感じだ。
頭をわしわししようとする女性を時折り殴りつけようとする小早川さん。
しかし、あれだけの大荷物を背負っていてひょいひょいとかわしているのがすごいなと思う。
運動神経どうなってるんだろう。まあいいや。
「あの、それくらいにして……」
「ああ? 誰が仲良くしているだァァッ!」
「誰もそんなことは言っていないよ。落ち着いて樹里ちゃん」
怒鳴る小早川さんをなだめているが、しかし誰が原因か覚えているのだろうか。
どうどうと小早川さんを落ち着かせ、大きな荷物を背負った女性は僕を振り返った。
「まあ少年の言う通りだね。そろそろ案内してほしいのだけれど」
「誰のせいだと思ってやがる!」
大きな荷物を背負った女性は華麗に無視して、小早川さんの肩に手を置いた。
「じゃあよろしくお願いするよ」
パシンッと自分の手に置かれた手を跳ね除ける小早川さん。
舌打ちして、ずんずんと歩き出した。
「ほら、さっさと行くぞ!」
「はいはーい」
女性は大きな荷物を揺らしながら、小早川さんの後を追って行った。
それにしても、大変だった。
僕はちょっとだけ後ろ髪を引かれ、校舎を振り返る。
まだ外は明るい。この時間から授業をサボるのは罪悪感がすごくあった。
あった……のだけれど、僕もふたりの後を追い、小走りする。
雨が降り出しそうで、降らなかった。
――つづく。
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