これからも君に、ついていく
櫻葉月咲
これからも君に
「ねぇ、
「なっ……なんだよ、外では話し掛けるなって言っただろ」
ひんやりとした誰かの手が
後ろを振り向くと、薄紅のワンピースに身を包んだ大学生くらいの女の子が悪びれもなく、俺をじっと見つめていた。
「ごめんね? でも、柚樹も悪いんだよ。私に全然構ってくれないから」
ぐるぐると俺の周りを歩いたかと思うと、丁度目の前で立ち止まって俺を見上げる。
腰くらいまである黒髪は、さらさらとしたストレート。
頭一つ分ほど低い場所にある小さな顔は、そこらにいる女の子よりも可愛い。可愛い、けど。
「落ち着け、俺。何を霊に可愛いとか、つまらん感情起こしてんだ。そりゃ、普通よりも整ってて断然俺好みだけど、流石に可愛いとか死んでも思うな。つーか
ここらを歩く通行人からなるべく目立たないように、ぶつぶつと早口に小声で呟く。
俺には小さな頃から、普通の人には分からないモノが視えていた。わかりやすく言うと、第六感みたいなやつ。
視えるって言っても、死んだ霊だけが視えるってわけじゃなくて、生身の人間が生きている
俺が棒立ちになっている、大通りの交差点──車と人と、そこに混ざって幽霊がワラワラと
霊たちは生身の人間と同じように足があり、自分の足で歩いている。ぱっと見はそこらの人と変わらない。
今はもう慣れたけど、十五年前──俺が六歳かそこらだった頃、いきなり人の成りをした「何か」が視えたのが始まりだ。
最初こそ、同じくらいの友達が出来て嬉しかった。
ほどなくして仲良くなった。俺が家に遊びにおいでと言った日──沙夜とはまた違う女の子の霊だが──、母さんに紹介したら「誰もいないでしょ?」と言われ、そこで俺は子供ながらに漠然とだが理解した。
自分が普通じゃないって事を。
今となっては可愛い思い出になりつつあるけど、それでも最初は俺だけしか視えないって事実が怖くて、泣いた日も少なくなかった。
「もー、また一人の世界に入っちゃってさ。ねぇねぇ、柚樹〜」
俺が一人考えている間も、沙夜は俺の袖をぐいぐいとしつこく引っ張る。
いつもそうだ。沙夜はずっと俺に引っ付いて離れない、
「あー、わかった。わかったから帰るぞ、ここじゃお前と話せないし」
そう小声で言い置いて、俺は来ていた道を引き返す。
元々外へ出たのは、久しぶりの休みを家で過ごすのもな、という事で適当にブラブラしようと思ったからだった。
丁度信号が青になったのと同じくして、俺は人の波に逆らって帰路に着くべく歩き出した。
家までの道は来た時と同じように、それとなく人気のない通りを選んで歩いていく。
こうしていれば沙夜と話せるというのもあるけど、何よりも俺が落ち着きたかった。
外出するのは好きだけど、それでも最初こそこの「体質」となってから人か霊かの区別が付かず、混乱したりもした。
今も時々そういう状態になる。
何も分からなくなる前に、家に戻って好きな事をしている方が気も紛れる、というやつだ。
「……沙夜?」
沙夜の気配がないことに、大通りの交差点から半分ほど歩いて気付く。
俺はキョロキョロと沙夜の姿を探した。
けれど、いくら周りを見渡しても沙夜はいない。
「いや、どっかに居るんだろうな……きっと」
沙夜がいつの間にか消えているのも、いつもの事だ。
いつの間にか消えて、いつの間にか戻ってきて。そういう、自由気ままな霊があいつだった。
いつもニコニコと俺に話し掛け、どんなに俺が素っ気ない態度をとっても気にしない、そんな沙夜が俺は──。
「いや、ない。ないだろ、ただの幽霊にそんな感情なんぞ」
ふるふると首を左右に振り、俺は頭の中をリセットする。
家に帰ったら沙夜も出てくるだろう。
俺が料理を作っている姿が、あいつは好きだと言っていたから。
◆◆◆
「はぁ……」
柚樹が一人で考え込んでいるうちに、少しだけ消えた。もう柚樹はいないけれど、その場所で私はがっくりと
長い前髪が落ちてきて鬱陶しい。でも、今はそんなことに構っていられない。
「私と話せないからって、そんなの柚樹が気にする必要ないのに」
最初に柚樹と出会った日──十五年前の、私がまだ四つか五つだった頃、一度だけ出会った。
あの時の私は、生死の境を彷徨っていたらしい。
後になって両親がウィルス性の感染症に
結果的に大丈夫だったのが幸いだった。
その時に生き霊となって、何もわからずにいた私に柚樹は声を掛けてくれ、一人で公園で遊んでいた柚樹と仲良くなった。
三日ほどで生身の身体に戻れたけど、もう出会うはずないと思っていた。
私はこれから生者として、普通に生きていくんだと信じて疑っていなかった。
なのに去年の春、再会してしまった。
きっかけは私の不注意による交通事故。
私は一人でショッピングセンターへ行くべく、地下鉄を乗って、最寄り駅に着いてから地図アプリを起動した。
方向音痴だから、道案内してくれるアプリがあるのは重宝もの。
スマートフォンで地図アプリを歩き見ていたら、そこは丁度交差点だった。しかも、信号が青から赤に変わろうとしていた時の事。
うっすらとながら覚えているのは、左折してきた車にぶつかり、そのまま……という事だけ。
あぁ死んだんだ、と思った。
私が歩きスマホなんかしなければ、と同時にどうして死なないといけなかったんだろう、という二極の感情に囚われた。
結果的にその事故はニュースになったけれど、相手の人が罪になったのかは知らない。
けれど、一つだけいい事がある。
死んだ後、柚樹にもう一度会えた事。
私は幼心に柚樹に恋をしていたんだと思う。だから、再会して一年が経った今も柚樹の傍に居る。
時々、鬱陶しそうな態度をとってくるけれど、一年の間に何度か喧嘩をしてしまったけれど。
その実、柚樹が優しい事を私は知ってしまった。
口では愚痴を言っていても眼が優しいから、私はそんな柚樹を見る度に思う。
「──仕方ないよね。君に、恋をしてしまったんだから。好きになってしまったんだから」
一介の幽霊が何を、と思われるかもしれない。でも、この気持ちに嘘は吐けないから。
──これからも君に、
柚樹を好きになってしまったから。
きっと私は、柚樹がしわしわのおじいちゃんになっても、ずっと傍で笑っているんだろう。そんな予感がする。
「さ、うじうじ考えるのおーわりっ! 柚樹の家に帰ろ」
パンッと両頬を叩き、喝を入れて立ち上がる。
きっと柚樹は私がいなくて心配しているだろう。
口では言わないけれど、ツンデレで可愛い私の好きな人が待つ家に向けて、私は柚樹の歩いた道を小走りに駆けた。
空は私を応援しているかのように、眩しいほど快晴だ。
これからも君に、ついていく 櫻葉月咲 @takaryou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます