卒業前夜

六野みさお

卒業前夜

 ぱしゃん、と波が跳ねる。

 そのままふあぁっと砂浜に広がって、さぁっと引いていく。すぐに次の波がやってくる。また同じような動きをして去っていく。

 波は僕の一日に似ている、と彼は思う。彼は波と同じように、単純な一日を繰り返している。毎日学校に行き、友達と話し、授業を受け、家に帰って遊ぶか、勉強する。いつでも彼のルーティーンは変わることがない。

 でも、それも今日で終わりなのだ。明日、彼は中学校を卒業する。春休みを挟んで、彼は高校に進学する。

 いや、そんなことは、せいぜい波の上に追い風が吹いているか、向かい風が吹いているかの違いだーーと、彼は考える。それに、進学するといっても、実は高校の位置は今の中学校にかなり近い。また、学校に行って、友達と話してーーのサイクルをこなすだけだ。もちろん、うまく友達ができれば、だけれど。

 ひゅうう、と弱い向かい風が、彼の頬をそっと撫でた。

 さっきよりも波が少し遠くにある感じがして、彼は数歩前に出る。干潮に向かっている海は、波を少しずつ遠くに運んでいく。寄せては引き、寄せては引きしながら、手の届かないところに下がっていく。

 潮の満ち引きは、人生とあんまり変わらないかもしれない、と彼は思う。人生は山あり谷ありだというけれど、彼には潮の満ち引き程度の違いにしか思えない。小さいころ、よく偉人の伝記を読んだけれど、彼の人生は伝記の主人公に比べるとまったく起伏がない。そもそも、面白い人生だから伝記ができるのであって、伝記にもならない大多数の人の人生も、僕と同じように面白くないのだーーと、彼は考えてしまう。

 ばしゃっ、と波が向かい風に煽られて、少し大きく砕ける。

 そうだ、波だって、大雨の時には高くなるじゃないかーーと、彼は発見する。もしそうだとしたら、僕の人生ではまだ雨が降っていないのかもしれない、いつ波が高くなってもおかしくないのだ、と彼は少し希望を抱く。

 でも、そこで彼は自分が人生の面白さを波の高さにたとえてしまったことが、なんだか不安になる。だって、大荒れの天気が面白いだなんて、あまりにも不吉だ。

 ちょっとでもになれるといい、と彼は勝手に波を美化する。悪いやつらを叩き潰すような、そんな強い波になりたい、と彼は考えをまとめる。

 彼の口角がきゅっと上がって、また下がって、ゆっくり半回転して、陸のほうへ戻っていく。

 もう引き切った波が、さっきより少し進んだ場所で砕ける。

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卒業前夜 六野みさお @rikunomisao

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