雪女。

 どれだけ走ったのか。やっと見えてきた入口にほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、出ようとした瞬間に雪が外から入り込んできて出れなくなってしまった。


「うふふ……」

「きゃあぁぁああ!」


 背後からあの女の子が!

 雪を周囲に纏うようにして、女の子は、さも鬼ごっこを楽しんでいるかのように笑ってひらりひらりと宙を飛んできた。


「ス、ス、雪女スノウレディ……」

「なんだよそりゃ!」

「雪を操る魔族です……! た、確か雪妖精スネグーラの成れの果てって書いてあった気が」

「なんだそのグラグーラって!?」

「スネグーラです!」


 今はそこどうでもよくない!? なんてツッコむ余裕なんてもちろんどこにもない。スノウレディは僕らを見て、それから少し考え込むようにして頬に手を当てた。


「鬼ごっこ、終わり?」


 その笑いは本当に背筋が凍るほどゾッとして、僕はとにかく凍えないように僧侶の筋肉にぴたりとくっついた。

 スノウレディは楽しそうにくるくると回ってから、


「じゃ、次はこれで遊ぼ? 氷冠ひょうかん


と両手をかざした。氷の一級魔法だ! 

 スノウレディの頭上に極太の氷の槍みたいなのが造られていく。あれに刺さったら寒いどころか痛さで死んじゃいそうだ。


「くっ……、灼炎しゃっか!」


 勇者も火の四級魔法を使う。

 けれども強さが段違いのそれは、槍の先をちょっと溶かしただけで、槍そのものは形を保ったままだ。


「おい! どーにもなってねーぞ!」

「なら、使えるかわからないけど……業炎ごうか!」


 火の二級魔法だ!

 だけども、勇者の指先からはシュポンと小さな頼りない火が出ただけ。さっきよりも弱いことは明らかだ。


「やっぱり駄目だ。あの時みたいに力を解放できれば……」


 あの時というのは、シャルルと花を取りに行った時のことだろう。確かに勇者は強い魔法を使いそうになったけれど、なんだろう、あれは使っちゃいけない気がする。


「ゆうちゃ、だめ、あぶない!」

「でも、でもこれじゃ皆が……」


 引き止める僕の気なんて知らずに、勇者がその両手を熱く熱く染めていく。


「でーきた。それじゃあね、お兄ちゃん。ばいばい」


 巨大な槍を完成させたスノウレディが、大きく振りかぶり、両手を無慈悲におろした。呼応して僕たちに向かってくる氷の槍に、もう駄目だと思ったその時――

 外から激しい火の渦が入ってきて、スノウレディの槍をあっという間に溶かしたのだ。


「だ、誰!?」


 スノウレディが焦る。

 僕らも外を見る。

 細い剣を腰からぶら下げた、勇者よりも、ううん魔法使いよりも年上っぽい赤毛の奴が、手をスノウレディに向けたまま立っていた。


「みーつけた」


 そう言ったそいつは、澄ました顔のまま僕たちの元へ歩いてきた。自信溢れる澄まし顔は少し憎らしい。


「全く探したんだよ? 姿まで変えちゃってさ」


 何言ってんだこいつ。澄まし顔はその笑顔を崩さずに、スノウレディを見つめた。


「最近気候が安定しないと聞いてね。もしかしてと思って見に来れば、やっぱり君がいたわけだ」

「あああああああ! お前ぇぇえええ! お前お前お前お前お前お前!」


 な、なんだ! 急にスノウレディが取り乱し始めたぞ!?

 それに呼応するように、雪女の周囲に、さっきとは比べ物にならないほどたくさんの槍が現れた。僕だけでなく、武闘家も「きゃっ」と小さく悲鳴を上げる。

 けれども澄まし顔は顔色ひとつ崩すことなく、むしろ呆れたようにため息をついて、


「あんまり手荒な真似はしたくないんだけどなぁ」


と苦笑いをして、それから「灼炎しゃっか」と火の四級魔法を口にした。

 勇者のそれとは比べ物にならないほど激しい炎の玉が澄まし顔の周囲を飛んだかと思うと、それらは氷の槍とぶつかり合って溶けていく。


「あああああああ! この! このこのこのこのこのこの!」


 スノウレディが髪を振り乱しながらもっとたくさんの槍を出す。澄まし顔は「諦めてほしいんだけどなぁ」と軽く地面を蹴って、気づけばスノウレディの首を掴んで、持ち上げていた。

 は、早い……!


「ごめんね、辛かったろう。業炎ごうか


 それは勇者が使えなかった火の二級魔法だ。たちまちスノウレディの足元からすごい炎が出てきて、それは竜巻みたいに唸って、あっという間にスノウレディを溶かしてしまった。


「す、すごい……!」


 興奮した勇者が澄まし顔に駆けていく。

 僕も行きたかったけど、ぬくぬく僧侶から出られないから見ているだけにした。


「あの、ありがとうございます!」

「大丈夫だった? それより珍しいなぁ、こんな奥地に来る子がいるなんて」


 赤毛の澄まし顔は「ははは」と何事もなかったように頬を緩ませてから、


「俺はクレイ、ただの冒険者だ。君は?」


と古傷の多い右手を、差し出してきたのだ。

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