戦舞姫。

「土石!」


 大量の小石がウルフ目掛けて飛んでいく。それはウルフの目を抉り喉を潰し、身体を貫通した。


「大丈夫かぁ? ガキィ」


 それはエリックだった。あいつ、色んな魔法を扱えるなんて、意外とすごい奴なのかもしれない。


「助かったよ、エリック。ありがとう!」

「あぁ? 気安く俺様を呼ぶんじゃねぇっての」


 これで下には勇者とエリック、それから縮こまるアンドレが揃ったわけだ。遠くでは、華麗な弓捌きで魔物を狩っていくカタコト女と、怪我した人たちを癒やすゆるふわ女の姿が見えた。


「下は……大丈夫そーだな。よし、オレらも客を誘導しながら応戦するぜ!」

「む、むむむ無茶ですよっ!」

「……」


 武闘家は首を横に振って早くも逃げ腰だけど、反対に僧侶はヤル気なのか、力強く頷いてみせた。正直僕としては、僕を守りながら、なおかつ勇者が死なないならなんでもいい。

 そんな時、だった。


「あ、れ? 花びら……?」


 屋内だというのに、どこからか大量の花びらが舞ってきたのだ。その彩り豊かな光景に、僕だけでなく、逃げ惑う観客たち、応戦していた冒険者、さらには暴れていた魔物までもが、ただただ見入っていた。


「綺麗……」


 ぽつりと零したのは、一体誰の声だったのだろう。

 永く続くと思われたその景色は、カツン、カツン、と響く靴音によって、急に現実へと戻された。


「本日はお集まり頂き、誠に感謝致します」


 そう言って奥から出てきたのは、青の仮面を身につけた誰かだ。いや、仮面をつけているし、あれが恐らく戦舞姫ヴァルキリーなのだろう。

 青くて長い、艶めく髪をひとつにまとめ、すらりとした手に持つ扇で弧を描き、合わせて動く足はなんて優雅なことか。誰もが、その動きと声の虜になる。

 ヴァルキリーが名前とは反対に、男だとしても、だ。


「ゔぁ、ゔぁりゅき、ゔぁりゅきりぃ……!」


 四天王を前にした司会者が、腰を抜かしたままで、なんとかそれだけ口にした。


「賞金目当てにご参加された冒険者様も、ただただ巻き込まれただけの不幸な皆様も、そして」


 ヴァルキリーが、司会者に目をやった。


「下劣な賭け事に狂う高貴な方々も、どうか本日は、わたくしめの舞いをご覧になって、御心を休ませて頂ければと思います」


 下劣な、賭け事……? ヴァルキリーの言葉に、司会者が「ひっ、なんでっ」と明らかに慌てているのがわかった。


「睨んだ通りだ。最近、魔物たちがどうにも騒がしくてな。まさかと思って来てみれば案の定。どうだ? VIPどもで食い漁る金は美味かったか」

「そ、そんな、でも、そうだ証拠、証拠がない!」

「残念だが、そっちのほうは他が向かってる。観念するんだな」


 一体どういうことだろう。とにかくわかるのは、どうやら司会者は悪いやつで、ヴァルキリーが良いこと? をしたということくらい。

 首を傾げていたのは僕だけじゃないみたいで、武闘家が魔法使いに「どういうことです?」と耳打ちをしている。魔法使いは「あー」と面倒くさそうに頭をガリガリと掻いてから、


「賭け事なんだよ、この大会そのものが。優勝するのは誰かを当てて、恐らくだが、優勝したやつを裏で魔物の餌にでもしてたんだよ、たぶんな」

「でもそれじゃ、賞金は……?」

「ねーよ、この様子じゃな」


と心底嫌そうに舌打ちをした。


「今回ばかりは命は取らねぇでおいてやる。が、また同じことをするようなら……」

「ひっ」


 ヴァルキリーの仮面の奥が、どうなっているかなんてわからない。けれど、震える司会者を見るに、きっとすごく怖かったに違いない。

 そうして一層花びらが舞い、目を一瞬閉じた隙に――

 ヴァルキリーも、あんなにいた魔物たちも、その姿を消してしまっていた。

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