乱闘。

 結局予選を通ったのは勇者だけだった。本選は午後からなので、闘技場の客席に座って待つことにする。


「あー、悔しかったなー」

「予選?」

「わりーな」

「気にしなくていいよ」

「今回ばかりは、魔法、かけらんねーなー」


 手持ち無沙汰だったのか、魔法使いは頭に乗っていた僕を掴むと、顔の前まで持ってきて、両手でムニムニと引っ張り始めた。痛くはないけど、されるのも癪だったから「やー」と抵抗を試みた。

 あ、駄目だ聞こえてない。でも、気のせいか、魔法使いは悲しそうに見えた。


「魔法使い失格だな、こりゃ」


 そう笑った魔法使いが、いつもより頼りなく見えた。

 だから僕は、それ以上抵抗する気が起きなくなってしまった。それを見ていた勇者が「ふふ」と口元を綻ばせてから、僕を優しく受け取ってくれた。


「ねぇ、クライフ。魔法ならかけてもらったよ。君の魔法は、いつも僕たちを笑顔にさせてくれる。君の、君だけが僕たちに使える、大切な魔法だ」

「……」


 俯いた魔法使いの顔は、きっと勇者からは見えない。だから奴が、何か噛みしめるような顔をしていたのは、誰にも言わないでおこうと思う。


「そろそろ時間だ。集合場所に向かうよ」

「……おー」


 勇者はまた僕を魔法使いの頭に乗せると「フロイをよろしく」と行ってしまった。


「笑顔の、魔法、か」


 ぽつりと零したそれを聞いたのか、それとも空気が読めないのか。僧侶が薬草を三枚、魔法使いに差し出した。


 本戦は最終的に八人が出揃い、勇者の隣に、なぜかアンドレの姿もある。


「な、なんでオイラなんか……」

「よろしく、アンドレ」


 勇者が朗らかに笑いかける。アンドレは緊張しているのか、握った人形に着せている洋服が汗で湿っていた。

 司会者が決勝のルールを読み上げていく。

 それを一言一句聞き逃さないように全員が聞いている。ルール理解していない奴がいたからな、皆そりゃ聞くだろう。


「ではルール説明です! 至って簡単! 誰か一人になるまで戦ってもらいま……ん? どうした」


 何やら騒がしくなってきたぞ?

 司会者に、受付のおっちゃんが何か耳打ちしている。その顔が段々青ざめていく。なんだなんだと辺りをキョロキョロしていると、


「ウァァアアア!」


と空気を引き裂くほどの雄叫びと共に、奥乗扉が破壊された。そこから入ってきたのは、一つ目の巨人男だった。

 勇者何人分かわからないくらいに大きい。観客席から見てても、本当に大きいのがわかる。


「どどどどういうことだ!? なぜ逃げ出した!」

「奴です! 戦舞姫ヴァルキリーが現れました……!」


 マイクから聞こえる会話に、観客席からざわつきが広がっていく。それは隣で聞いていた武闘家も同じで「ヴァルキリーって、四天王の……?」と動揺が隠せていない。


「こりゃマズイぜ。早くあいつと合流して……」


 魔法使いが武闘家の腕を取って無理やり立たせるけれど、もちろん魔物は待ってくれない。大混乱の観客席に向けて、えぐりとった地面を投げつけてきた!


「きゃあ!」


 頭を抱えてうずくまる武闘家が、僕を抱きかかえてそのまま転んでしまった。近くにいた魔法使いと僧侶の姿も見えない。


「ぶとうか!」


 こんなとこで僕を巻き沿いにしないでよ! せめて僕だけは離してほしいともがくけど、武闘家は僕をぎゅうっと更に抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫ですから……!」


 違うよ! むしろ離せ!

 うんうんもがく僕と、勘違いで力を強くする武闘家。ちょっと、誰かこいつを引き離して!

 武闘家と格闘してる間に、魔物は次の瓦礫を担ぎ上げていて、早く逃げないと次は当たってしまうと本能的に感じた。


「にげる! ぶとうか!」

「で、でも足が……」

「いやー! たちゅけてー!」


 役立たずに頼った僕が馬鹿だった。

 もう駄目だと思った僕は、とにかく声の限り叫んだ。逃げる人の足音やら叫びやらで聞こえてるのかはわからない。

 あぁ、駄目だ、瓦礫が飛んできた……。

 せめて痛くありませんように、武闘家に先に当たりますように。


連続射撃打レーザービーム!」

「へ?」


 魔法使いだ。

 声に釣られて見てみると、杖で飛んできた瓦礫をたくさん突いていた。そして次第に細かくなったそれらは、勢いを無くして落ちていく。


「まほうちゅかい……!」

「おう、安心しろって。先に行ったりしねーからよ」


 口の端をくいと持ち上げて笑ってるけど、迷子になったのはそっちだからな! 僕らは一歩も動いてないからな!

 魔法使いと一緒だった僧侶が武闘家を立たせてくれて、僕はやっと解放された。あ、そうだ勇者は!?


 すぐに魔法使いの頭まで跳ねる。勇者たちのほうを見ると、他にも狼型の魔物や、植物型の魔物までいて、ここよりもてんやわんやしていた。

 アンドレを庇いながら逃げようとしていて、あのままじゃ勇者も倒れるのは時間の問題だ。


「ゆうちゃー!」

「落ち着け非常食。なんとかして下に行ってやっから……!」


 そう言うけど、あぁ! ウルフが勇者に噛みつこうとしてる! 歯を剣で受け止めてるけど、後ろから違う奴来てるよ! 気づいて勇者!


「ゆうちゃー!」

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