水と風と僕。

 ご飯代も節約出来て、なけなしのお金で宿を取った僕たちは、次の日、早速あの闘技場の前へとやって来た。

 なんとそこにはあのエリック御一行もいて、予選は魔法使いとエリックだと言うのだから驚きだ。


「脳筋魔法使いなんぞ、この俺様の敵ではないがな」

「エリック様ぁ、かっこいいですぅ!」

「エリック様、素敵」


 相変わらず、スカーレットとロナはエリックを崇拝している。アンドレだけが僕たちに苦笑いを向けて、


「ま、まぁ、よろしく頼むよ」


と手を出してきた。魔法使いがその手を握り返して笑う。「おう」と返事をして。

 勇者はなんなく予選を突破して、魔法使いの戦いを見るために観客席にいた僕らの元へやって来た。爽やかに笑いながら「楽しいなぁ」って予選を眺めている。

 案外、勇者も脳筋なのかもしれない。


「あ! あれクライフさんですよ!」


 武闘家が指差す先、観客席に手を振りながら出てくる魔法使いの姿があった。時折ウインクしてる辺り、あの視線の先は女の子なんだろう。


「エリックも出てきたね」


 反対側からはエリックが、観客席にいる三人に向かって手を振っている。仲間思いなのは、案外あっちのパーティーなのかもしれない。

 司会が両者の名前を読み上げてから、戦い開始の鐘が鳴った。

 先に仕掛けたのはエリックだ。


「霧雨!」


 水の四級魔法だ! エリックの姿が霧の中へ消えて、僕らからは全く見えない。あの中にいる魔法使いは、きっともっと見えないに違いない。


「まほうちゅかい!」


 僕は武闘家の手から勇者の頭へ飛び移って、よく見ようと何回か跳ねてみた。けれども駄目だ、全く見えない。


「はーはっはっは! 俺様が見えんだろう! だが安心しろ、俺様も見えん……」


 あいつ馬鹿なの?


「僕が風の魔法で霧飛ばそうか?」


 いやいや、それ失格でしょ!


「ガキ! やってくれるか!」


 お前も頼むんかい!


「じゃ、行くよ! 若葉風!」


 勇者が剣をかざして風の五級魔法を使う。ちなみに剣をかざす必要がないのを、僕は知っている。ただの見栄だって前言ってた。

 剣から出た(ように見える)風は、少し激しいものだったけれど、お陰さまで二人の姿がよく見えるように……あれ? 魔法使いがいない!


「まほうちゅかい?」


 勇者の上で跳ねて探す。もしかして風で場外に?  昨日あんだけ食べて重そうなのに?

 観客席も少しざわつき始めた頃、誰かが上を見て「いた!」と叫んだ。見習って見上げると、建物の天井の骨組みにぶら下がる魔法使いが。


「オレからは、お前の姿、よーく見えてたぜ?」

「貴様どうやってそこに!?」

「なーに、簡単さ」


 にやりと魔法使いが笑った。たぶん(遠くて見えない)。


「最初に杖を真上に投げる。次にオレが飛ぶ。落ちてくる杖を空中で踏み台にして更に飛ぶ。ほれ、お前にも簡単に出来るだろ?」

「できるか!」


確かに出来ない。あの脳筋だから出来ただけだ。


「くそっ、くそくそくそ! これならどうだ!火炎!」


 エリックが自分の右手に炎を作る。火の五級魔法だ。それを思いきり魔法使いに投げつける!


「はい! 両者そこでストップ!」

「は?」

「え?」


 司会が両手を振りながらエリックに駆け寄って、なぜか試合を中断したのだ。魔法使いも天井から降りて、華麗に着地を決めた。


「えーと、エリックさん。観客席からの支援はアウトになります」


 やっぱりそうだよね。じゃ、魔法使いの勝ち?


「それからクライフさん、天井はアウトです」


 確かに、そう、かも? そう、なの?


「いや、そーゆーことは先に……」

「大会ルール、読みました?」


 司会が二人にそれぞれ紙きれを渡す。

 しばらく二人はそれを読んだ後、


「嘘だろー!?」


と同時に絶叫した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る