炒飯と大食いと僕。


「へいお待ち!」


 勇者の顔三個分くらいの高さの、大盛り炒飯が出てきて、僕だけでなく、武闘家も、そして僧侶も目を丸くした。勇者が魔法使いに「イケる?」と小声で聞いている。

 その炒飯は魔法使いだけで、僕には小さなパンとスープ、勇者や武闘家、僧侶は各々食べたいものを頼んで、あんなにバカでかい料理は運ばれてきていない。


「で。これを何分で食えと」

「五分らしいな、ほれ、もう始まってるぜ?」


 にやにや顔の綺麗め野郎が、早く食えと魔法使いをせっつく。

 話す暇も惜しいのか、魔法使いはそれはもう無言でかきこんでいく。うわー、いつもの五倍くらいの早さで減ってる……。


「オレはルークス、助かったぜ。何せどっかの阿呆が財布を落としたせいで、金がなくて困ってたからなぁ」


 ぶっ。


「ちょ、フロイ大丈夫?」


 勇者がむせる僕を撫でてくれる。むせながら、僕は酒場の隅に張ってあるチラシを盗み見た。

 “大盛り炒飯、五分で完食できたら飲食代全部タダ!”。

 つまりこの野郎、ルークスは、金がないにも関わらずご飯を食べるつもりだった。けれど自分ではこれを食べられない、そこに僕たちが来たというわけだ。


「けほっ、ゆう、ちゃ……、ゆうちゃ……」

「ほら、落ち着いてフロイ。時間はまだあるからね」


 うん、僕たちはあるだろうよ。

 魔法使いはないけどね。


「にしても、いい食べっぷりだな。昔を思い出すぜ」

「昔、ですか?」


 ルークスは水を飲み干して「あぁ」と優雅に笑った。その笑顔を見たことある気がするんだけど、一体どこでだっけな。


「あぁ、筋肉バカともやしがいてな。あの時もこうやって無食わせて、難を凌いだもんだ」


 筋肉バカじゃなく、なんでもやしに食べさせたんだろう。食も細そうなのに。

 とりあえず落ち着いた僕は、パンをまた口に入れて、半分以上無くなった炒飯を死んだ目で見つめた。


「さて、そろそろ時間だ。エセ魔法使い、どうだ? いけるか?」

「もががががが」


 最後の追い込みとばかりに、魔法使いが器を持ち上げてかきこんでいく。すごい、炒飯が砂みたいに口に吸い込まれていく。


「すごい、すごいや、クライフ! 炒飯が消えていくよ!」


 消えるというか、吸い込んでるというか。

 そこに割腹のいい店主が「はっはっはっ」と腹を叩きながらやって来た。


「終わりだよ、お客さん。さて、完食は……っと。ほう、大したもんだ。これを完食出来たのは、兄ちゃんで二人目だ」

「二人目? 一人目はどんな人だったんですか?」


 完食して死にかけている魔法使いに水を渡してやりながら、勇者が店主に話しかける。ちなみに武闘家は優雅にデザートを食べていた。


「十年くらい前、だったか。兄ちゃんたちと似たような年の冒険者さんたちでな、白髪のひょろい兄ちゃんが必死で食ったっけなぁ。あぁでも、確かちっさい女の子だけが、心配そうに見ていたんだよ」


 店主は懐かしそうに目を細めて、それから何かを思い出したようにルークスをまじまじと見つめた。


「おい兄ちゃん、あんた……」

「おっと店主、これでオレは払わなくていいよな? 変わらず、美味かったぜ」


 ルークスは意味深にそう笑って、優雅な動きで酒場を出ていく。お酒を呑んでいる客だけでなく、店員までもがその背中を見送る。それを見送った店主が目に涙を浮かべて感慨深げに、


「……兄ちゃん、あんた、さらに綺麗になってんじゃねぇか」


 そっち!? 突っ込みたかったけど、魔法使いの「水……」と死んだような声で、全くそれどころじゃなかった。

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