そして奴は動き出す。

 テンペスターが身構える。

 僕もその魔法がどんなものかと、固唾を飲んで見守った。


「……?」

「ん?」


 おい、普通にテンペスター動いてんぞ。

 テンペスターは自分の身体がなんともないか確認してから首を傾げた。もちろん僕らも二人を眺めたまま、どういうことかと首を傾げる。


「おい、おめェ、魔法失敗してんぞ」


 呆れたように手を組んで、テンペスターが盛大なため息をついた。失敗したのかな? 不安だけが流れるなか、ふと気づいた。

 魔法使いが、止まっていた。

 カッコよく空に指を立てたままの姿で。

 表情も変わっていないし、ていうか息してるのあれ。

 てか待って待って。止まるって……え? まさか、そっち!?


「おいィ、てめェが止まってどうすんだ! 隙だらけじゃねェか!」

「……」

「おい!」

「……そして」


 もう馬鹿みたいだと、テンペスターが相手にするのをやめようとした時だった。

 魔法使いがピクリと動いて、今までとは比べ物にならない速さでテンペスターとの距離を詰めたんだ! ちなみに速すぎて、僕の目には魔法使いが消えて、テンペスターの前に出てきたように見えた!

 魔法使いはその勢いのままで回し蹴りを放つ! 今まで両手しか使っていなかった魔法使いの、初めて見せる足技に、僕だけでなく、見ていた全員が息を呑んだ。


そしてオレは動き出すミッションスタート


 魔法使いの蹴りを受け止めたテンペスターの手が、離れていてもわかるくらいにミシミシと音が鳴る。

 あの蹴りのヤバさを物語ると同時に、やっぱりあいつは魔法使いじゃないとツッコミたくもなった。

 蹴りを止めたままの格好でテンペスターが笑う。


「おめェ、手加減してたなァ?」

「はんっ。どっちが」


 魔法使いの足をそのまま掴んで、テンペスターが魔法使いを地面に叩きつけようとする。けれど魔法使いは腹筋を利用して上体を起こして、


「食らえ! 隕石砕きパチキ!」


 テンペスターのデコに頭突きしたぁぁあああ!

 なんかカッコいいこと言ってたけど、普通の頭突きだからね、あれ!

 両者共に、きっと頭の中グワングワンに違いない。

 テンペスターは魔法使いの足から手を離して、少しふらつきながらもなんとか踏みとどまった。けれど魔法使いはそのまま倒れて、空を仰いだままだ。


「くッ、はははッ。いいぞ、いいぞォ、クライフ! もッとだ、もッと俺を愉しませろォ!」


 何あいつ狂ってんの!? あんただって頭から血出してるし、魔法使いだってこれ以上は戦えないよ!

 明らかに様子が変わったテンペスターに、アビスが「限界だ」と小さく漏らし、それからはっきりと「テンペスター」とその名を冷たく呼んだ。


「目的が変わっている。これ以上は」

「うるせェ! 俺に血をッよこせェ!」

「全く……。はしゃぎ過ぎなんだよ、キミも、ボクも。ちょっと手荒くなるけど、我慢してくれ。“伏せ”」

「ッガ!?」


 アビスがその一言を発しただけで、テンペスターは地に伏してしまう。あれだけ強靭な肉体が簡単に這いつくばる姿は滑稽にも思えるけれど、それ以上にアビスの力の強さに毛がぶるりと震える。


「ま、て……」


 地面に倒れたままの魔法使いが、なんとか声を絞り出して二人を睨んだ。


「逃げ、ん、のか……」

「今はまだその時じゃない。また会えるといいね」


 四天王二人を、あの時みたいに水の粒が覆っていく。伏せたままのテンペスターが、獣のように何やら吠えている。本当に犬みたいだ。


「あぁそれと、これを」


 アビスが手のひらを握り、そしてまた開いた。その中には、シャルルが欲しがっていた花が一輪、咲き誇っている。それを弾くようにして勇者の身体に乗せると、


「それはお詫びだよ。お友達を傷つけて申し訳なかった、非礼を詫びよう。それじゃ……霧雨」


と水の粒に紛れるようにして、姿を消してしまった。

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