お家とご飯と僕。
気絶したままの勇者を魔法使いが背負い、シャルルの手を武闘家が引いて、僕は松明を持つ僧侶の頭に居座り、洞窟を抜けてきた。外はすっかり日が落ちて、来た時よりもさらに暗くなっている。
自称目がいい魔法使いと、夜目が利くシャルルの案内で、僕たちは森の奥にひっそりと立つ一軒の家屋まで辿り着いた。赤い屋根が印象的な、こじんまりとした可愛い家だ。
「あそこです!」
薪割りする為の斧だったり、小さな井戸があるのを見るに、どうやらここで自給自足の生活をしているみたい。そしてその家の前に、透き通る水のような髪をした女の人が、切り株に座り込んで何やら項垂れていた。
「ママ……?」
「シャルル?」
はっと顔を上げたその人は、シャルルの姿を認めると「シャルル!」と立ち上がり駆け寄ろうとした。けれど足がふらついて上手く歩けず、ふらふらとその場に座り込んでしまう。
「ママ!」
武闘家の手を離したシャルルが代わりに駆け寄って、その細い身体をなんとか支えた。
「よかった、心配したのよ? こちらの皆さんは……?」
まだふらつきながらも立ち上がったママさんが、僕たちを順番に見た後、魔法使いに背負われたままの勇者を見て「大変……!」と口に手を当てる。
「すぐに休ませましょう。皆さんも中へどうぞ」
「つっても、奥さんもフラフラじゃねーか」
重さで下がってきた勇者を背負い直して、魔法使いが珍しく躊躇いがちに答える。いや、これは相手が美人だから気を使っているだけだ、僕にはわかる。
「私のことならご心配なさらず。それよりも、早くどうぞ」
その具合の悪そうな顔に、なかなか首を縦に振れない僕たちだったけれど、トドメとばかりにママさんが「夕飯もいかがかしら」なんて言うものだから、お調子者の魔法使いがのらないわけはなかった。
「有り難く頂こうぜ!」
ほらね。我先にと家に転がり込んだ魔法使い、それから少し面白くなさげな武闘家をつついて、僧侶も家に入った。武闘家だけが、終始口を尖らせていたのは、きっと気のせいじゃない。
奥のベッドに勇者を寝かせた魔法使いが、先に席についていた僕たちに倣うように空いた席へと座る。苦労して取ってきた花は、ママさんが花瓶に入れて食卓の中央へと飾った。
「お話は娘から聞きました。こちら、朝焼いたパンと残り物の有り合わせですが、よければどうぞ」
ママさんはそう言いながらお皿をいくつか並べて、それから美味しそうなスープも出してくれた。ちなみに僕のは、パンをスープにひたひたにした柔らかいぽちゃぽちゃパンだ。こういうの、結構好き。
シャルルに口に運んでもらいながら、上機嫌にそれをずずずと啜っていると、やはりと言うべきか、魔法使いがママさんの手を取ってにこりと笑った。
「奥さん、人妻とは思えないくらいお美しいですね。よければどうでしょう、今夜泊めて頂けませんか?」
「ふふふ、口説き文句にしてはやけに利己的ですね。いいですよ。娘も喜んでおりますし、どうぞよろしくお願いしますね」
「わぁい、よろしくお願いします!」
喜びで足をパタパタさせるシャルル。なかなか可愛い。だけどもちろん、僕が一番可愛い。そう喜んでいると、扉が開いて、すごい筋肉質のおっさんが「帰ったぞ」と入ってきた。
「あ! パパ! あのね……」
シャルルが嬉しそうに話す前に、そのおっさん、いやパパさんの顔がみるみる内に怒りで真っ赤に染まっていって、そしてすごい速さでママさんの手を握っていた魔法使いの手を叩いた。
「何すんだ!」
「何じゃねェ! うちの嫁に何してんだ! まさか娘だけで飽き足らず嫁にまで……!」
「おっさん何言ってんだ! 第一オレは、おっさんとは初対面……ん? この匂い……おい、おっさん、まさか」
にやりと笑った魔法使いに、パパさんの顔がみるみる内に怒りで歪んでいく。魔法使いが「ほっほーん」と悪戯を見つけた目をするも、それ以上は何も言わず、ただ黙って手元のパンにかじりついただけだった。
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