勝利の魔法。

 気を失ったままの勇者の体が、地面にゆっくりと降ろされるのを待ってから、僕は慌てて地面に跳ねた。空を漂っている間は生きた心地がしなかったし、やっぱり僕は地面のほうが好きだ。

 でもひと息つく間もなく、パーン! と何かがぶつかり合う音に、僕は何事かとそちらに視線をやった。

 魔法使いとテンペスターが、ほぼ同時にお互いのほっぺを殴った。そして二人とも吹っ飛んだ。


「やるじゃねぇか、おっさん」


 口元をくいと拭って、魔法使いがにやりと笑う。


「おめェもな」


 テンペスターが唾を吐き出してにやりと笑う。

 なんだっけ。あ、唾を吐き出しちゃいけないって、前に勇者が町で変な奴に注意してたな。いい子の皆はやっちゃいけないよ!

 もちろん、この空気と二人の間に入ってそれを言う勇気はないから、ここだけの話ね。


「なー、おっさん。これが本気か? オレはまだまだやれるぜ?」

「本気か、だと? くくッ、笑わせてくれるなよ?」


 テンペスターが距離を詰めて連続キックを繰り出した! それを両手でガードして魔法使いは凌いでるけど、一撃一撃食らうたびに、少しずつ後ろに下がっている。


「おらァ!」


 回し蹴りが決まったぁぁああ!

 魔法使いは吹っ飛んで地面に転がった!

 あぁちょっと魔法使い、頑張ってよ! あんなにいつもボカスカやってたじゃないか!


 嫌いなのに、嫌いなのに……。

 魔法使いなんか嫌いなのに。なのに!

 あいつが負けるとこなんか見たくなくて、僕は気づけば二人の近くまで跳ねていき、声の限り叫んでいた。


「まほうちゅかい! まほうちゅかい! たって! まほうちゅかい!!!」


 ああもう!

 僕がここまで言ってるんだ! 早く立てよ! 立って、いつもみたいに「オレに任せとけ」ってカッコつけなよ!


「……っせーなー。少しは黙って見てろっつーの」


 立った!


「まほうちゅかい!」

「へいへーい。オレなら元気だぜー」


 いつもみたいに手をヒラヒラさせて笑ってる。全く心配させやがって。後で体当たりの刑だからな!


 あれ? でもなんだかちょっと様子が変。

 息の仕方が違うような?

 その時僕は、地面にぽたりと落ちた魔法使いの血に気づいて、また「まほうちゅかい!」と叫んでしまった。


「だからうっせーって。あー、こーゆーの、久々だわ」

「立つのがやっとのはずだ。諦めたらどうだ?」


 魔法使いは首を左右に傾けて鳴らすと、いつもみたいににやりと笑った。


「立たなきゃいけねーんだよ。なんたってオレは、勝利の魔法をかける“魔法使い、クライフ様”なんだからな!」

「くくッ、はははッ。気に入ったぞ、クライフ! 俺がその魔法を、打ち砕いてやろう!」


 そう豪快に笑い出したテンペスターの周囲の空気が震えていく。

 僧侶が加勢のつもりか薬草を取り出すけれど、魔法使いの「手ー出すなよ!」の怒鳴り声に、渋々と薬草を仕舞った。

 あのカッコつけめ! これで何かあったら、お前の墓の前で嫌というほど跳ねてやるからな!


「て言っても、オレもそんなに余裕がねー。だからあと二つ、二つだ。オレの最大魔法でおっさん、てめーを倒す」


 指を二本立てて、魔法使いは息を整えながら笑う。


「その魔法とやら、受けてたとう!」


 テンペスターが両足を広げてどっしりと構える。

 もし。もしこれで駄目だったら。

 そしたら魔法使いは死んじゃうのかな。

 いやいや、もう食べられるかもって怯えることもなくなるし。

 それでいいじゃないか、いいじゃ……ないか。


「まほうちゅかい……」


 僕の気持ちを知ってか知らずか、魔法使いは自慢げに、誇らしく人差し指をピッと空に向けて立てた。


「オレの切り札だ……、行くぜ」


 空気が張り詰める。


「時間操作魔法……」

「時間操作だって? まさか、キミみたいな子が……?」


 仮面をつけていてもわかるくらい、アビスが動揺している。


「おーっと。お喋りはそこまでだ。時間操作魔法、時間停止ストップウォッチ!」

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