限界を超えて。

 明らかな力の差に、勇者は悔しそうに歯をギリリと食いしばった。相変わらず涼しい顔のアビスは、仕掛けるつもりは毛頭ないのか、こちらの出方を伺っている。


「くそ……。これじゃ駄目だ、もっと強い、もっと強力な魔法じゃないと……!」


 勇者は自分の両手を見て、何度か閉じたり開いたりした後、意を決したようにアビスに改めて視線を移した。


「やめておいたほうがいい。今のキミでは、それが限界だ。それ以上強力なものになると、身体への負荷が……」

「負荷がなんだっていうんだ! 僕は、僕の仲間を、友達を、侮辱する奴は、許さないぞ!」

「ゆ、ゆうちゃ……!」


 なんだ!? 勇者の身体からすごい勢いで風が吹き出てるみたいだ! それに飛ばされないように頭に引っ付くけれど、風のほうが、強く、て――


「ぁぁあああん!」


 風に巻き上げられて、僕は高く高く巻い上がった。かと思えば、その風が巻き起こす渦の中へと放り込まれ、体が切り裂かれそうな痛みが走る。例えて言うなら、右側を上に、左側を下に引っ張られているようだ。


「やだぁぁあああ! いたい! ゆうちゃあああ!」


 どれだけ叫んでも、渦の中央にいる勇者には届かない。痛みで涙が零れて、あぁもう駄目かも……なんて思った時、ふわりと僕を優しく包む感覚に、僕は目を開けた。

 真っ白い髪、白い仮面、その奥に見える瞳は、髪と同じくらい真っ白で、一瞬、違うやつなんじゃないかと思うくらい、纏う空気は柔らかい。


「あび、ちゅ?」

「ごめんね。キミのご主人をああするつもりはなかったんだけど、ちょっとああいう子が久しぶりで、なかなか楽しくてね。すぐに戻すから、少しの間、ボクの頭で我慢してくれるかい?」


 そう言ってアビスは、慣れた手つきで僕を頭に乗せ、それから目を閉じて、小さく息を吸った。またあの空気が凍りつく感覚に、また目が赤くなったのかと毛が逆立った。


「ふむ、ちょっと落ち着いてもらおうか」


 アビスは渦の中を物ともせず降りていく。不思議とアビスの周囲は風が起こってなくて、それほど引っ付くことなく、僕はラクして頭に乗っているだけでよかった。


「うあああああ!」


 渦の中心で、自らの頭を押さえて叫び続ける勇者。雷がバチバチと漂っていて、触れた草が焼け、服からは熱せられた水が水蒸気となって消えていく。


「ゆう、ちゃ……」

「おっと、ボクから離れないで。さて、始めようか」


 アビスは雷をものともせずにズカズカと歩み寄っていく。よく見れば、アビスが雷を弾いているわけではなく、雷のほうがアビスを避けているようだった。


「う、ああ……、アビ、ス! 天、ら……!」

「キミには、それはまだ早すぎる。もっと成長してから使うといい」

「あ、あが……!?」


 頭を抱える勇者の背後までなんてことなく歩いていくと、アビスはふ、と勇者の手の上から自分の手を被せ、


「おやすみの時間だよ」


とまるで子供をあやすかのように、優しい声色で勇者に語りかけた。すると、さっきまで暴走していた風と雷が、嘘のように収まっていった。

 力が抜けたのか、勇者は意識を失って倒れていく。アビスがそれを支えて、ゆっくりと地面に寝かせる。僕は無事を確認するのも勿体なく感じ、すぐに「ゆうちゃ!」と勇者の体に乗っかった。


「しばらくすれば目も覚めるだろう。さて、次はあっちかな」


 アビスは慣れた様子で、湖の向こう側でバチバチにやり合っている、魔法使いとテンペスターを見やる。勇者がこんな状態で、どうやって戻れと? と文句を言いたくなったけど、途端にふわりと浮かんだ身体に「ひゃあ!」と情けない声を上げた。


「じゃ、行こうか」

「ひゃああああ!?」


 初めて飛んだ空は、正直気持ちのいいものじゃなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る