氷柱と火炎と僕。

 二メートルをゆうに越えてるであろう身長、そして鎧で覆われた太く引き締まった身体、顔につけた赤い仮面。武闘家が小さく「テンペスター……」と呟くのが聞こえた。


「貴公らは何をしにこのような場所に……? っ!?」


 低い声が洞窟内に響き、それからテンペスターが息を呑む音が聞こえた。その視線の先にいるのは、シャルルだ。


「……その子女を、こちらに寄越せ」

「シャルルを?」


 肩車されたままのシャルルが、イヤイヤと首を振って、魔法使いの髪がくしゃくしゃになるくらいの力で強くしがみついた。魔法使いが「はんっ」と小馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「てめーみたいな変態ロリコン野郎は嫌だってよ」

「ロリ!? こンの、言わせておけば……」


 よほど“ロリコン”呼ばわりが気に障ったのだろう。テンペスターがわなわなと拳を震わせてから、地面を強く蹴り上げ、小島からこっちに一息でジャンプしてきた!


「ははっ。おいルクリア、シャルル姫を頼んだぜ」

「へ? ちょ、ちょっとクライフさん!?」


 魔法使いが素早くシャルルを降ろして武闘家に押し付けると、その繰り出された拳を受け止めた!


「こんな場所で四天王の一人と会えるなんて、オレらって案外ついてんのかもしれねーなっと!」


 拳が合わさる衝撃波で水面が揺れる。巻き起こる風で松明の火が消えないように、勇者が身体の向きを少し変えて火を守る。


「こンのクソガキがァァアアアア!」

「ひゅー。流石、四天王サマ。力がお強いこって。おい、ヘリオス!」

「……うん!」


 名前を呼ばれた勇者は一瞬考え、それから力強く頷き、松明を僧侶に手渡した。


「レイシィ、これをお願い」

「……」


 特に反応したわけじゃないけれど、僧侶が黙って松明を受け取ったのを確認してから、勇者は腰に下げた剣やら小袋やらを地面に放り投げた。そして最後にブーツを脱ぎ捨てて、懐に入っていた僕を頭へと移動させた。


「ゆ、ゆうちゃ?」


 何をするのかいまいちわからず、いやわかりたくなかった僕は、せめてもの反抗に、何度も跳ねてやる。だけど勇者は「ありがとう、フロイ」とネジ曲がった解釈をして、


「行こう!」


と湖に容赦なく入った。


「あああ、ゆうちゃあああ!」

「大丈夫だよ、フロイ。僕と一緒だ!」

「いやあああ!」


 こんなんじゃ命がいくつあっても足りないよ! 今さらついてきたことを後悔するけど、そもそも洞窟内でお別れしても僕一人じゃ出れないし、せめてここを出るまでは一緒にいるしかない。

 バシャバシャと器用に顔だけ出して泳ぎ、そうして小島に着いた時、その白い花畑の中に揺れる白髪に気づいた。


「貴方は……」


 屈んでいた白髪が立ち上がり、こっちを振り向いた。変わらずつけた仮面から光る赤い目が、空気を、僕たちを凍りつかせる。アビスの口元が、まるで僕たちを笑うように動いた。


「あぁ、キミたちか。また会ったね。今日はどういったご用件かな?」

「……その花を、取りに来ました」

「花を? ふむ……、それは困ったな。人様にあげられるほど、大したものではないのだけれど……」


 それは本心なのか、それとも取られたくないがための方便なのか。どちらにしろ、勇者の頭には退くという言葉はないらしく、


「大人しく、花を摘ませてください」


と服の端を絞りながら言った。


「まぁ、そんなに欲しいならいくらでも摘んでいくといい。こちらとしては、ここで戦って花を枯らしてしまうのは本意ではないからね。それはそれとして……、テンペスター」


 アビスは呆れたように、もう一人の四天王の名を口にした。もちろん湖の向こう側に届いてるはずはなく、あちら側では、男同士の雄叫びがずっと響き渡っている。


「ふむ、ちょっと厄介なことになっているね。キミも花を摘んだなら、早いとこ仲間に加勢したほうがいい」

「クライフは……」

「ん?」

「クライフは簡単にやられるような奴じゃない! 僕の仲間を、小馬鹿にするなぁ!」


 剣も何もない勇者が、拳をぐぐっと低く構える。そしてそれを前に突き出しながら「氷柱ひょうちゅう!」と氷の四級魔法を繰り出した。拳の先から太く鋭い氷柱つららが出来、それはまっすぐアビスに向かっていく。

 あんだけぶっとい氷なのだ、いくらアビスでも――


「本当にその才能は素晴らしいよ。でもまだまだ未熟だな。火炎」


 火の五級魔法、火炎。明らかに勇者の魔法より下級のはずのそれは、アビスを守る火の盾となって、そして勇者の渾身の氷を、いとも簡単に溶かしてしまったのだった。

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