スケルトン。

 墓地は、教会の裏手にある森の先らしく、その教会の入口辺りで勇者に追いつくことが出来た。説教を始めようとした武闘家をとりあえず宥めて、僕らは真っ暗な森を進んでいく。

 木々の隙間から零れる月明かりだけを頼りに、少し整えられた道を進んでいく。すると先頭を歩いていた勇者がピタリと止まって、僕たちにジェスチャーで静かにと促してきた。


「いる」


 促されるままに木の影から覗いてみれば、お墓とお墓の間を闊歩する、十匹ほどの骨野郎がいたのだ。


「ゆ、ゆうちゃ……」


 真っ白い骨に月明かりが反射し、骨が青白く染まっている。何もない空虚な目には、一体何が見えているのか。


「流石に多いなー。どうだ? やれるか?」


 魔法使いが、何かをわかりきったような、にやりとした顔で勇者をちらりと見た。


「そうだね……、僕が半分かな」

「半分もくれんのかよ。そりゃー、嬉しいねー」

「それじゃ、行」

「待ってください!」


 意気揚々と飛び出そうとした二人の襟首を、武闘家がこれでもかというほど強く引っ張った。魔法使いの口から「うげっ」と蛙が潰れるような声漏れた。


「ど、どうしたんだい、ルクリア」

「誰かいます……!」

「え?」


 こんなスケルトンだらけの中に誰がいるというのか。そう思いながら、墓地の奥に視線をやり目を凝らした。


「女の、子?」


 真っ白いローブを頭からすっぽりと被った人影が、墓地の一番奥、一番大きなお墓の前に、静かに佇んでいたのだ。だけどその顔は黄色の仮面で隠されていて、表情まではよく見えない。

 ならなんで勇者が女の子だと判断したのかというと、その身長の低さとローブから出る手が、指先が、細く華奢だからだ。その不思議な光景を見ていると、その人影が、小さな手には不釣り合いな長い杖の先で、かつん、と地面を鳴らした。


「……出てきなさい」


 それは、明らかに僕たちに向けられたものだった。


「ど、どうしましょう。あれ、あの仮面、死霊の女王クイーンオブネクロマンサーですよ……!」


 昼に武闘家が話したことを思い出す。

 新生魔王軍、その四天王の一人。いや、確かに店主が言ってたけど! まさか会うなんて思わないじゃないか!


「君は、こんなとこで何してるの?」

「ゆ、ゆうちゃ!?」


 あぁ、あのバカ勇者! なんで考えもなしに出ていくんだよ!

 スケルトンがカタカタと骨を鳴らしながら近づいてくる。それに臆することなく墓地の真ん中まで歩いていって、勇者は改めて「何してるの?」と首を傾げた。


「ヘ、ヘリオスさん、あぶ、危ない、ですっ」

「おい押すなバカ!」


 魔法使いの影に隠れた武闘家が、早く行けと言わんばかりに、その背中をぐいぐいと押していく。それに押されて、というわけではないけれど、魔法使いは奴なりに勇者を心配しているのか、武闘家を軽く振り払ってから勇者の少し後ろに並んだ。


「君が、彼らを起こしたの?」

「違う、と言ったら信じてくれる?」

「なら、何のために?」


 仮面越しに、四天王が小さく息を吐く。


「ただの、ストレス発散よ」


 かつんかつん、と杖でまた地面を叩いた。その音に反応して、スケルトンとカタカタと僕たちを囲んでいく。


「少し遊んでいいわ。殺さない程度にね」


 四天王の言葉に合わせて、スケルトンが勇者に飛びかかっていく。


「ゆうちゃ!」

「くっ」


 勇者が剣を咄嗟に抜いて、それを思いきり横に払う。それは切っ先で斬る、というより、腹の部分でぶん殴っているように見えた。

 がつんと鈍い音がして、スケルトンがパラパラと粉になっていく。その手応えに勇者が「よし」と小さく笑った。そんな勇者を見て、慌てだしたのは他でもない四天王だ。


「ア、アンタ、もうちょっと躊躇いはないわけ!?」

「躊躇い? なんで?」

「スケルトンなのよ!? 不死なのよ!? 怖いとか、不気味とか、自分のほうが負けるとか思わないの!?」

「んー」


 特にピンとこないのか、勇者は頬を人差し指で掻いてから、


「だって、不死、なんだよね?」


と近くのスケルトンをまた粉々にした。さっきより躊躇いなく振られる剣に、僕は心なしかゾッとした。


「だったら、抑えなくてもいいかなって。ほら、いつもは依頼だったり、お手伝いだったりで加減をしないといけないけど、もう死んでるなら関係ないかなって」

「はぁ……?」


 呆れた様子の四天王とは反対に、魔法使いは「確かにな」と歯を見せて笑うと、持っていた杖でスケルトンを一撃の元に粉砕した。


「オレも最近、力が有り余って仕方なかったんだよなー。ちょうどいい、付き合えや」

「な、な、な、ちょっとアンタたち……!」


 慌てふためく四天王をそっちのけに、勇者と魔法使いがばしばしとスケルトンを破壊していく。粉になっても元に戻るまでは多少間が開くのか、その隙を狙った勇者が、強く、強く地面を蹴って、四天王までの距離をあっという間に詰める。


「でやああああ!」

「しま……っ」


 振りかぶった剣が、まっすぐに四天王目掛けて下ろされる。反応の遅れた四天王が小さく頭を抱えた時だ。

 ガキン、と音がして、勇者の剣が弾かれて地面に刺さった。


「うわっ」


 バランスの崩れた勇者もまた、地面に転がる。

 何事かと目を凝らせば、気怠げに黒いコートを肩だけ出すように着た、白髪の、白い仮面を被った奴が、長い鎌を持って四天王を庇うように佇んでいた。

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