ご飯と宿と僕。

 大陸間移動パスを買った僕たちは、出発は明日にすることにして、久しぶりに宿に泊まることにした。宿の一階にある食事処で夕食を取りながら、魔法使いが満足そうにコップの水をぐいと飲み干す。


「うめー!」

「最近野宿続きでしたからね。十年前と比べて街道が歩きやすくなったとはいえ、まだまだ安心して出歩くなんて出来ませんし」


 武闘家が器用に、ナイフとフォークで肉やら魚やらを切り分けていく。普段見ることはないけれど、意外にもこいつは育ちがいいらしい。


「久しぶりにゆっくり出来そうでよかった。フロイも、今日はあったかいお布団でふわふわ出来るよ」

「ん! ゆうちゃ、みるく!」


 僕を優しく撫でてくれる勇者が笑う。別に僕は、お布団が好きとか、言った覚えはないんだけど。

 ずずずと空になった容器を身体で押してミルクのお代わりをねだれば、勇者は「うん」と店員さんを呼び止めてお代わりを注文してくれた。

 そうして久々に穏やかな時間を過ごしていると、けたたましい音がして出入り口の扉が開かれた。息を切らして入ってきたのは、防具屋のおっさん店員だ。


「大変だ! スケルトンが出た! 戦える冒険者か聖職者のかたはいないか!?」


 その言葉に、宿内が途端にざわつき始める。宿の主人が、僕たちの隣のテーブルで騒いでいた冒険者たちに、


「お、おい、あんたら冒険者だって言ってたよな!? 頼む、倒してきてくれ!」

「は、はぁ!? 冗談じゃあない! スケルトンっていやぁ、並の奴らじゃ倒すどころか、追い返すのも命がけって話だろ!」

「そのご立派な剣はなんのために持ってやがる! 儂ら民を守るためじゃないのか!?」


と押し問答をしている。

 スケルトン。聞いたことはあるけれど、実際に見たことはない。なかなかお目にかかれない珍しい魔物だからだ。


「ねぇルクリア、スケルトンってわかる?」

「え、あ、はい。骨だけで出来た魔物で、砕いても切っても元に戻るらしく、唯一、手練れの魔法使いと聖職者だけがその汚れを払い、消滅させることが出来ると言われているんです」

「ふーん、大変だなぁ」


 なんだ、言ってることと顔が不釣り合いな気がする。なんでそんなに楽しそうに笑ってるんだ。


「よし。ご主人、僕たちが行きますよ!」

「え!? ゆ、ゆうちゃ!?」


 やっぱり言い出したよ! わかってた、えぇ、わかってましたよ!

 でもそんなに強い奴、今の僕たちでなんとか出来るはずがない。下手したら勇者が死んでしまうかもしれない。それは流石に困る。


「ゆうちゃ、だめ!」


 反対の意をこめて必死に跳ねるけれど、勇者は「大丈夫だよ」となんの根拠もないのに笑った。もちろん、主人だけでなく、店主も「本気か……?」と思わず口から漏らして、その場にいた全員が僕たちに注目している。


「何か問題でもありますか?」

「いや、問題ってお客さん、新米だろうが。それにこんなに若いのに……」

「いやいや、折角名乗り上げてくださったんだ。その好意に甘えようじゃないか!」


 まだ渋る店主を遮って、宿の主人が「なぁ!」と全員に同意を求めた。もちろん、反対するような人なんておらず、唯一店主だけが「すまねぇな……」と眉尻を下げてくれただけだ。


「じゃ、早速行こう!」

「で、でも、ヘリオスさん、スケルトンなんて私たちじゃ」

「こりゃ、行くしかねーよ。ま、なんとかなるだろ」

「……」


 魔法使いが、不安げにうつむいた武闘家の頭を二、三回軽く叩いた。そうして武闘家の顔を上げさせてから、魔法使いは僕をむんずと掴んで、勇み足で宿を出ていく勇者のあとを小走りで追いかけだした。

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