パンツとパンと僕。

 鷲掴みされて持ち上げられた僕は、さっきまで僕が見ていたものが何だったのか、そこでやっと気づいた。真っ白いあれはパン――


「ほんっとサイアク! ちょっとアンタ! こいつの飼い主なら、ちゃんと見ておきなさいよね!」


 遮るように言葉を挟んできたそいつは、目つきの鋭い女の子だった。腰まである黒髪、そして真っ黒い目。多少取っ付きにくさを印象づけるものの、着ている服は黒いフリフリなワンピースなことで緩和されている気がする。


「はなしてー! いやー! ゆうちゃ、ゆうちゃー!」


 とりあえず降ろしてほしくて、鷲掴みされた手の中で、もじもじと動いてみる。早く受け取れ、勇者。結構痛いんだぞ!


「ごめんね、大丈夫?」


 勇者は僕を優しい手つきで受け取ってから、改めて肩に乗せてくれた。今度は落ちないように、心なしか強めに引っつくことにする。

 まだ尻もちをついたままの女の子に、勇者は僕を受け取った時と同じように手を差し伸べながら「はい」と屈託のない笑顔を向けた。

 女の子は不満そうに口を尖らせ、それから手を握ろうとして、でも何かに気づいたのか、すぐに引っ込めてしまった。自分で立ち上がってから、改めて勇者を強く睨みつける。


「アンタのせいなんだから、お礼は言わないわよ」

「うん、いいよ。ごめんね」

「……フン」


 見た目通り、性格もネジ曲がっているらしい。好きになれないタイプだ。


「おい。黙って聞いてりゃー、お前好き勝手しすぎだろ」


 流石にイライラが限界を越えたのか、魔法使いがずいと前に出る。


「クライフ、いいよ」

「いいわけねーだろ。ガキだからって甘やかされると思んなっつの」


 魔法使いはそう言って、女の子の手を容赦なく手に取った。さっき引っ込めたほうの手だ。


「ほれ見ろ」

「……っ、離しなさいよ!」


 さらに雑言罵倒が飛んできたけれど、魔法使いはそんなこと何処吹く風で、僧侶に「ん」と手をひらひらと振りながら促した。

 どういうことだとよく見れば、尻もちをついた時に地面と擦れたのか、手のひらに血が滲んでいた。


「あわわ、ごめんね。怪我させちゃって」


 同じく怪我を見た勇者が、魔法使いの代わりに僧侶から薬草を受け取って、女の子に「はい、これ」と口に押しつける。


「ちょっ、と、誰がこんな草、食べると思って……んむ!?」


 女の子は、食べまいと顔を背けるけれど、勇者が「治らないよ?」と屈託のない笑顔を浮かべながら、女の子の鼻をむんずと掴んだのだ。息をするために開いた口からささっと薬草を押し込んで、頭と顎を無理やり動かして咀嚼していく。


「んー! んー!?」

「はい、もぐもぐ、ごっくん」


 女の子の喉がごくんと動いたのを確認してから、勇者はやっと手を離した。それに習って魔法使いも手を離せば、手首にははっきりと赤い跡が残っている。


「ゲホッゲホッ、あ、アンタたちねぇ……!」


 苦かったからか、それとも力ずくで薬草を食べさせられたからか、女の子は半泣き状態だ。いや魔法使いの力が強すぎて痛かったんだろう、きっと。そう思いたい。


「女の子になんてことすんのよ! ほんっとサイアク……って、あれ……?」


 掴まれて赤くなった手首を擦っていた女の子が、不思議そうに自分の手のひらと、握られた跡をまじまじと見つめている。

 なんの傷ひとつもなくなったそれを見て「嘘……」と小さく呟いている。


「ね。治ったでしょ」


 薬草は勇者の力でもなんでもないのだけど、やけに自慢気に鼻を鳴らしてから、勇者はもう一度「ね」と微笑んだ。


「……信じらんない。アンタ、名前は? なんていうの?」

「僕? 僕はヘリオス」

「ヘリオス……、うん、そう、ヘリオスっていうのね」

「オレは大魔法使いクラ」

「覚えといてあげるわ! 光栄に思いなさいよね!」


 魔法使いの名乗りを遮って、女の子は「ヘリオス!」と勇者に人差し指を突きつけた。


「次はこうはいかないんだから!」

「あ、次も会えるんだね。嬉しいなぁ。あ! じゃあ名前聞いてもいいかな?」

「ゆうちゃ……」


 なんだこの能天気野郎は。そんなんで教えてもらえるわけ……。


「アタシはリアナ! いい!? アンタもアタシの名前、覚えておくんだからね!」


 教えるんかい!

 呆れる僕を他所に、勇者は「うん!」と顔を綻ばせた。女の子、いやリアナもそれに満足したのか二回ほど頷いて、


「忘れたら許さないんだから!」


と騒がしい街の中へと姿を消していった。

 それを見送った僕たちは、とりあえずお昼を食べようと近くのお店に入っていった。

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