本気と、本音と、僕。

 冷たい空気が流れる。普段はほわっとしている勇者が、小さく息を呑むのがわかった。


「あ、あび、あびす……!」


 それは武闘家の声だった。僕らはだいぶん離れた場所にいるというのに、その醸し出されるオーラにやられたのか、武闘家が足をガクガクさせながらぺたんと座り込んでしまった。


「アビス? あぁ、昼間話してた四天王の一人か」


 魔法使いが杖を握り直してから、じりじりと勇者に近づく。粉々にされていたスケルトンが、カタカタと音を鳴らしながら、じわりじわりと元に戻っていく。


「……クイーン、こんなところで何をしていたんだい」

「ただのストレス発散よ。アビスには関係ないでしょ、ほっといて」

「はぁ、ほっといた結果がこれなわけだけど……」


 白髪の四天王、アビスが僕たちをちらりと見た。仮面の下から見える赤い双眼が、鋭く細められる。


「まぁ、特に問題もなかったみたいだし、今日のところは帰ろうか」

「い、嫌よ! やられたままなんてカッコ悪いじゃない!」

「あのね……」


 呆れた様子のアビスと、なおも食い下がろうとしないクイーン。立ち去ってくれるならそれはそれで助かるのだけど……。


「待ちな!」

「ま、まほうちゅかい!?」

「四天王が二人もいるんだ。みすみすのがすわけねーだろ」


 いやいや、引き止めるなよ! 四天王の二人もぽかんとしてるじゃないか!


「ふむ……つまりキミはボクらに、いや、我らに戦いを挑むということで相違ないわけだ」

「ったりめーよ! おら!」


 これ以上話すことはないとばかりに、魔法使いが杖を振りかぶって地面を蹴る。その容赦ない杖の先から、ビュンッと風を切る音が鳴った。

 だけどもそれはアビスに届くことなく、勇者と同じように杖を弾かれて、魔法使いもまた地面に転がった。


「チィッ、届きやしねー……」


 悔しげに舌打ちをしつつ、だけど諦める気はないのか、再び立ち上がろうとした魔法使い。それにアビスは興味ありげに口元を綻ばせつつも、


「勿体ない、本当に勿体ないよ。だからこそ、ここで潰したくはないかな。だから……“動くな”」


とたった一言呟いた。


「ぁ……!?」

「きゃあ……!」


 その一言は、僕たちから自由を奪って、その場に張り付けた。動きたくても全く動けない。毛の一本ですら、だ。


「何を……しやがっ、た……」


 声を絞り出す魔法使いに、アビスは「何も」と答え、もうそれ以上関わるつもりもないのか「それじゃ」と立ち去ろうと背中を向けた時。


「く……迅、雷……!」


 勇者がギギギと腕を動かして、雷の三級魔法を繰り出した! 指先から出たそれは不規則な動きでアビスに向かい、その身体を焼こうとまとわりつこうとする!


「へぇ、動けるのか、珍しい。しかもうたなしに魔法を扱うなんて。やっぱりキミは勿体ないな。でも……霧雨きりさめ


 アビスが口にしたのは水の四級魔法だ。明らかに勇者の魔法より格下のはずのそれは、アビスとクイーンを守るように包んで、勇者の雷と当たった瞬間光を発した。


「まぶちぃ!」


 思わず目を瞑って、そしてまた開けた時。

 四天王の二人はおろか、スケルトンたちもまた、その姿を消していた。


「消えちゃった……」


 月明かりが照らすだけの墓地。動けるようになったのを確認した僕は、真っ先に勇者の元へ跳ねていく。


「ゆうちゃ!」

「フロイ……」


 勇者は自分の手を何度か握ったり開いたりして、それから立ち上がると落ちていた剣を拾い上げた。その背中からは、よく感情が読めない。くじけたのかもしれないと思った僕は、仕方なしに勇者を元気づけるため「ゆうちゃ!」と足元にすり寄った。だけど。


「すごい! すごいよ! あれが四天王なんだね!」

「ゆ、ゆうちゃ?」


 剣を腰に差してから振り向いた勇者は、見たことがないほど、その目をキラキラさせていた。


「四天王って強いんだなぁ。また会えるかな? 楽しみだなぁ!」

「はは、お前なぁ……」

「ね、クライフ! 絶対絶対、魔王軍に会いに行こう!」


 騒ぎ続ける勇者に、魔法使いは「そーだな」と苦笑いをする。武闘家は「ま、また会うんですか」と微妙そうな顔をしているし。黙って薬草を差し出す僧侶は、何考えてるかよくわかんないけど。

 なんにしろ、今のままでは実力差が開きすぎているのでは? としか、僕は思えなかった。

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