炎と雷と僕。
近くの森まで来た僕たちは、ウルフが群れを成しているという縄張り辺りまで来ていた。
縄張りに入らなければ襲われないと思うかもしれないが、さっきも言った通り、珍しく群れを成している奴らなのだ。被害が出る前に、なんとかしないといけない。
「この辺だよなー」
杖を片手に、魔法使いが見渡す。もちろんあの杖は殴るためのもの。
「お腹が減ってないんでしょうか」
手ぶらの武闘家。武器はない。
「……」
既に薬草を構える僧侶は、もういつもの光景だ。
「皆、油断しちゃ駄目だよ。相手は魔物だ。油断したらすぐに来る」
勇者だけが剣を構えたまま歩いている。
でも頭には僕が乗ったままだ。
「大丈夫だって。いざとなったらオレがとっておきの魔法、見せてやるからさ」
「魔法使えたんですか?」
「切り札だけどな。楽しみにしとけって」
本当に使えたのかな。旅を始めて一ヶ月くらいは経ったけど、まだ一度も見たことない。
疑いの目を向ける僕と違って、先頭を歩く勇者は、振り返らずに「楽しみだなぁ」と笑う。あぁ、これは本気にしてる目だ……。
「……待て」
三番目を歩いていた魔法使いが止まった。
不思議に思った武闘家が何か言おうとしたけど、魔法使いに口を塞がれて何も言えてない。
「クライフ?」
「囲まれてる。獣の臭いだ」
僕は何も臭わない。くんくんとしてみるけど、勇者の頭からのいい匂いしかしなかった。
でも勇者は緊張した様子で森の中に剣を向ける。
「クライフでも気づかないなんて……」
「んー、んー!」
「森全体が臭いだらけで全くわからなくてな。強くなってようやく気づけた」
口を塞いでいた魔法使いの手をばしばし叩いて、ようやく離された武闘家が、涙目になって魔法使いを睨みつけた。
「息、出来ませんでした……!」
「わりーわりー」
気持ちはわかる。あいつ脳筋だから、力の加減がわからないんだよ。
「何にしろ、このままじゃ喰われてお終いだな」
魔法使いが杖をくるくる回す。さっき言ってた魔法でも使うのかな。
でも魔法使いは、近くの木に杖をぶっ刺すと、逆上がりの要領でくるりと杖に登って、そのまま枝に飛び移った。
「クライフ、さん?」
「オレ喰われたくないからさ。その杖は餞別にやるから、頑張ってなー」
それだけ言って、魔法使いは枝と枝を飛び移ってどこかに行ってしまった。僕たちはぽかんとそれを見送って、はっと気づいた時には、たくさんのウルフたちに囲まれていた。
涎を垂らしていて、一目見ただけでお腹が空いていることがわかる。目は血走っていてギラギラしている。
最悪だ! 僕まで食べられちゃう!
「クライフさんの馬鹿! ほんとに行っちゃうなんて!」
泣き顔で武闘家が騒ぐ。でもそれどころじゃない。
勇者が襲ってくるウルフを何匹か斬ってくけど、全然数は減らない。僕も落とされないように引っつくだけで精一杯だ。
「くっ」
勇者がウルフを斬って、それからあとの二人は大丈夫かと振り返る。僧侶が杖を抜いて応戦してるのを見て、勇者が安心した瞬間、武闘家の悲鳴が響いた。
草かげから飛び出してきたウルフが、武闘家の腕にかじりついたのだ!
「きゃああ!」
「ルクリア! 少し熱いけど我慢して!
それは炎の五級魔法だ。
指先から出た炎は一直線に走り、器用にウルフだけを焼いた。
「ありがとうございます! でも熱かったです!」
「ごめんね!」
血で赤くなった腕を擦って、武闘家は僧侶から受け取った薬草にかじりついた。途端に血も止まって、傷も塞がっていくのを見て、あの草のヤバさに改めて戦慄した。
「でも僕の魔法じゃ、全部を焼くのは無理そうだ……。せめてボスウルフだけでもやれれば……」
数の減っていないウルフを見る。この中にボスらしきウルフはいなさそうだ。
逃げることも絶望的な状況に、勇者の声に悔しさが滲み出ているのがわかる。こんなとこで死なれちゃ困る!
「ゆうちゃ、あきらめる、だめ! かえる!」
「そう、だよね……。そうだよね、フロイ。最後まで頑張ろう!」
なんとか奮い立った勇者は、また魔法を使おうとして。
「待たせたなー!」
「この声は……、クライフさん!?」
森の奥から聞こえてきた声と、何かが走ってくる音に耳を澄ませる。確かに魔法使いの声だったけれど、だとしたらこの音はなんだろう。
声のしたほうに目をやると、なんと一際おっきいウルフに追われた魔法使いが、こちらに走ってくるのが見えた。え? え? なんで追われてんの。
「ヘリオス! あとは頼んだー!」
魔法使いは器用に木に飛んでウルフの前から姿を消した。待って待って! あのボスウルフ、こっち来るよ!
「! わかったよ、クライフ!」
勇者は意図がわかったのか、剣先をボスウルフに向けて、そして一瞬だけ意識を集中させたかと思うと、
「
そう言って剣を突き出した! 雷の三級魔法だ!
先から稲光が走ったかと思うと、ボスウルフの身体を雷が走ったように線が入って、そしてプスプスとウルフの身体はこんがり焦げた。
「流石勇者!」
調子のいいことを言って木から降りてきた魔法使いに、いつも通り武闘家が何か喚いてる。いつもはまたか……と思うけど、今日は僕も魔法使いに文句を言ってやりたい気分だ。
でも。
「一人でボスをおびき出すなんて、危ないじゃないか!」
「へへっ、悪かったよ」
「全く……」
勇者が珍しく怒ったから、僕は魔法使いの頭に乗って跳ねてやるだけにした。
僕の優しさに感謝するといいよ。
ボスがいなくなったことで群れはなくなった。
そして僕たちは牙を抜けなかったから、街までボスウルフを引きずるはめになったことは、まぁここで語らなくてもいいか。
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