武闘家と鳥と僕。
とてとて。
次なる村へ向かうため、今日も今日とて獣道を歩いていた。
実は僕ら、魔王討伐するんだ! と言っている割に、この国から出たこともなければ、そもそもとして“大変間移動パス”を持っていない。
僕らがいるここは“緑の国”といって、温暖な気候に恵まれた、とても平和な地らしい。ちなみにこれは、他の国からやって来た武闘家が自慢げに言っていたんだけどね。
「魔王ってさ、どこにいんのかねー」
暇そうに頭を掻きながら、魔法使いが空に欠伸した。飛んでいた鳥が糞を落とす。口に入れって思ったけど、あいつは持ち前の反射神経のよさで避けた。
くそう(断じてシャレじゃない)。
「魔王っていうくらいだし、闇の世界とかかなぁ?」
「おう。じゃ、その闇の世界とやらはどこの国にあるんだ?」
「え? うーん、その辺じゃないかな?」
真剣に頭を悩ませる勇者を他所に、魔法使いが「お」と遠くの影を指さした。
「見えたぜ!」
その先には、いかにも農業やってます感満載の村があった。
馬に牛に、それから鶏、あと豚。
それぞれ柵で分けられてて、気持ちよさそうにもっしゃもっしゃと草を食べている。
「コッコッコッ」
「わぁ、鶏さんです! 私初めて見ました!」
「いつも食ってるだろ」
バチン!
景気のいい音がして、魔法使いのほっぺが真っ赤になっていく。
「デリカシーも何もありませんね……!」
そう言って、武闘家は宿屋を探しに走り出した。
なんだ、拳で戦えるじゃないかと少し思ったのは内緒だ。
「モー」
「ブーブー」
柵越しに動物たちが僕らを見る。
僕も動物を見返す。
「フロイ、気になる? 気になるなら、僕らも自由時間にしようか」
勇者は僕を柵に乗せると「後で迎えに来るからね」と優しく笑って、武闘家と同じように村の中心へと歩いていった。きっとまた困ってる人を助けるつもりなんだ、それで小金をせびるつもりだな。
「んじゃ、オレも漁ってくるかなー」
何をだよ、クズ野郎。
僧侶もいつの間にか薬屋に行ったのか、残ったのは僕だけだ。まぁ、たまには気楽に風に当たるのもいっか。
「ブルゥ、ブルルゥ」
それにしても……。
こいつらお喋り好きだなぁ。え? 何言ってるかわからない?
大丈夫、よくよく聞いてみるんだ。そしたらわかるから。ほら。
「ねぇコケッ、さっきの人たち、新しい遊び相手かなコケッ」
「モー、また遊ぶこと考えてるの? モー、これだから鶏くんはー」
「ブヒッ、ブヒヒ、ブッヒッヒー!」
「モー、村の人は飽きたって? モー、しょうがないなー」
「ブルゥ……、洗礼、そぉぉおれはぁ……ぁぁあたらしいぃぃ人生を始めるためのおぉぉ、儀式」
「この前コケッ、来た相手はコケッ、すぐにばててコケッ、遊び甲斐がコケッ、なかったコケッ」
「ブーブー、ブヒヒ」
んー、どうやら勇者たちを遊び相手か何かと勘違い? してるみたい。もちろん勇者たちは、こんなところで動物たちの相手なんか……。
「えぇ、じゃ任せてください!」
そう腕まくりしながら戻ってきたのは勇者だ。ついでに武闘家もいる。
「頑張りましょうね!」
「助かるよ、ルクリア。ありがとう!」
二人は農民Aに言われるまま柵の中に入った。勇者は牛の柵で、武闘家は鶏だ。鶏気に入ってたし、まぁお似合いじゃないかな。
さて、この二人が何をするのかと見ていると、勇者はバケツに水(お湯かもしれない)を汲んできて、持っていたブラシをつけると、それで牛の体をゴシゴシ擦り始めた。
「モー、なんてバツグンの力加減。モー、ウットリしちゃう」
「ははっ、気持ち良さそうだな。よし、僕ももっと頑張るぞ!」
ちなみに勇者は牛が何言ってるかは聞こえていない。でも牛が気持ちよくなってるのがわかる辺り、やはり勇者の素質は侮れないのかもしれない。
さて、と武闘家を見る。
なぜか武闘家は鶏と向き合ったまま、お互いに微動だにしない。
「……貴方、ただの鶏さんではないですね」
「ほうコケッ。こいつ気づいてるかコケッ」
ただの鶏ってなんだよ。どう見てもただの鶏だろ。
「先手はもらったコケッ」
鶏が羽をバタつかせる。白い羽が何枚か舞った。
飛べやしないのに、と呆れていた僕は、その羽が、まるで鉄の矢の如く、鋭く武闘家に飛んでいくのが見えた。
「遅いですっ」
武闘家は、なんとも形容しがたい気持ち悪い動きで羽を避ける。なんだろう、キレがいいというか、いやキレが良すぎて気持ち悪い!
さっき避けた羽を両手に握って、そしてそれを「ハイ、ハイ、ハイハイハイ!」と言って振り始めた。なんだあの動きは……。
「お前やるなコケッ。相手に不足はないコケッ」
鶏も負けていない。
更に羽をバタつかせて本数を増やしていく。
けれども武闘家は、それをあの気持ち悪い動きで全部避けていく。避ける時に必ず掛け声が入るのがちょっとウザい。
「吾輩の羽が抜けるかコケッ、お前の体力が保つかコケッ、勝負コケッ」
「ハイ、ハイ、ハイハイハイ!」
武闘家の残像が見える!
僕は勇者にも見てほしくて、何度も飛び跳ねながら勇者を呼んだ。
「ゆうちゃ! ゆうちゃ!」
「フロイごめんね、今忙しくて」
いやブラッシングやってる場合じゃないよ!
こんな時まで真面目かよ!
「はぁコケッ、はぁコケッ、次が最終奥義コケッ」
鶏の羽が殆どない。
残りの羽でどんな技をしてくるんだろうと、僕はその一瞬を逃さないように凝視する。
「行くぞコケッ。最終奥義、
羽が宙を舞った。
それは一直線に武闘家へ向かう。
そしてその時、彼女の周囲から音という音が全て消えた。
「ち、違うコケッ。これは……音、を、置き去りにし、た、だと……コケッ!」
勝負はついた。
両手に羽を持つ武闘家と、そして羽を無くした鶏。
鶏が悔しげに膝をついた(膝あるかわからないけど)。
「お前の勝ちだコケッ。好きにするがいいコケッ」
いや、羽をむしられた鶏の運命なんて、そりゃ、ね……。
「……私」
武闘家は持っていた羽を、大事そうに抱え直した。
「羽毛集めてほしいって言われただけなので、これで戻りますね!」
にっこり笑って、勇者に「お先です!」と声だけかけて、武闘家は柵から出ていった。
「……ブルゥ。懐冷えればあぁぁ世も悲し、羽が無ければ羽ばたけぬぅ」
いや、何言ってんだよ。
「ブー、ブー、ブヒブヒ」
勇者が終わるのを待って、僕も宿屋でゆっくり休もうと心に決めた。
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