僧侶と口臭と僕。
その日、町で自由行動になった僕は、勇者を倒す為の作戦を練ったり、武器を見ようと、ぴょこぴょこと町中を跳ねていた。
普通の魔物なら、きっとびっくりされるんだろうけど、お生憎様、僕は皆に癒しを与える可愛い魔物、あのフワリンだ。
そう。僕は、自分が珍しい魔物、フワリンだってことをすっかり忘れていた。
美味しそうな焼き立てのパンの香りに釣られて、僕はパン屋さんの前で止まった。窓から見える店内には、色んな形のパンが並んでいて、その中に僕、というよりフワリン型のパンがあって、それは子供たちに大人気のようだ。
正直、パンといっても、自分が食べられるのはあまりいい気分じゃない。可愛い! って言いながら食べるって、よくわからない感覚だ。
そうやってぼけっと見ていたら、急に世界が薄暗くなった。なんだろう、曇ってきたのかな。あんなに晴れていたのに。
「おうおう、こいつぁ絶滅危惧種のフワリンじゃねぇか。愛くるしい見た目と、舌ったらずな口調で今じゃ保護対象なんだよなぁ。そうだ、俺様が保護してやろう!」
そう言って、すごい高い位置から見下ろしていたのは図体のでかいおっさんだった。どうやら曇ったのは、このおっさんの影だったらしい。
「しらないひと、ついてく、だめ!」
「っかー! 喋りやがった! 可愛いなぁ、おい!」
おっさんが体をくねらせている。気持ち悪い。まだワカメが揺れているのを見るのがマシだ。
僕は付き合っていられないと、その横を跳ねて通り過ぎようとした。けれど、おっさんが足で道を塞ぐようにしてきて、通ることが出来なくなってしまった。
「どこ行くんだ? なぁ、フワリンちゃんよぉ」
これは、昔僕らを捕まえたあの業者に似ている。
捕まっちゃう!
捕まるわけにはいかない! 捕まったら、勇者を倒せなくなっちゃう!
「いや! たちゅけて、たちゅけて……!」
僕はおっさんとは反対側に跳ねて逃げた。
すぐそこに曲がり角があったから、とりあえずそこに入ったけれど、やっぱりおっさんの歩幅には勝てなくて、僕は呆気なくも鷲掴みにされてしまった。
「いや、いや……」
おっさんは僕を顔の高さまで持ち上げると、興奮するように息をふぅっと吐き出した。うっ、口くさっ。
「見ろよ、このまんるぃ目!」
ちょっともう本当に喋らないでほしい。口臭が目に滲みるって相当だよ。
あーもう、滲みるから涙出てきちゃったじゃないか。歯磨きしたらどう? 勇者はいつでもいい匂いがするよ!
「泣いてるぜこいつぅ。怖かったのか!?」
「ちがう………」
「なんだ強がってよぉ! 俺が欲しいくらいだ!」
誰かほんとに助けてほしい。臭い、死にそう。
でもここは通りから外れた横道だ。ほとんど誰も通らないし、通ったところで、誰が助けてくれるんだろう。
勇者に一矢報いることもなく離れ離れになるのかな。嫌だな、淋しいよ、まだ何もしてないよ。
気弱なことが頭に過ぎって、僕はまた涙が出てきた。
「……あのぅ、その子、うちの子なんですぅ」
少し高めの可愛らしい声がして、口臭臭雄(勝手に付けた)が振り向くと、そこには筋肉隆々の男の人がいた。
ん? まさかこの人が声をかけてきたの?
口臭臭雄も不思議に思ったのか、きょろきょろと辺りを確認するけど、筋肉隆々野郎以外誰もいない。
「あのぅ、その子、うちの子……」
「いやいや、てめぇ、その図体でその声はないだろう! 可愛い子想像するだろ普通!」
「うちの子……」
うちの子って言ってるけど、僕はこんな筋肉質のおっさんに飼われた記憶はない。おっさんは僧侶で間に合ってるけど、この筋肉野郎は僧侶とは似ても似つかないし。
むしろ僧侶より頼りになる見た目で笑う。
「もぅ、しょうがないなぁ。えぃ!」
筋肉野郎は、その筋肉が物語る力を見せつけるように、ふん! っと腕に力を込めた。ビリビリっと破けた服を見て、口臭臭雄は僕を放り投げるようにして慌てて逃げていった。
筋肉野郎は僕を華麗に受け止めると、にっこりと笑いかけてきた。ちょっと怖い。
「大丈夫? フロイちゃん」
「……え?」
「皆には内緒だよぉ。こんな声だから恥ずかしくってぇ、普段は着ぐるみ着てるのぉ」
「……そうりょ?」
「うん、そぉだよぉ。ここなら人通り少ないなぁって思って、着ぐるみ着ようと思ったんだけどぉ、フロイちゃんがいたから」
僧侶はそう言いながら、背中の鞄から着ぐるみらしきものを取り出してきた。待って、それどうやって仕舞っていたの。
着ぐるみをひょいひょいと着て、いつものひょろがり僧侶になったこいつは、いや僧侶は、僕を肩に乗せると鼻歌を歌いながら宿へと歩いていく。
途中で僧侶は、持っていた紙袋からパンを取り出して食べ始めた。
それはさっきのフワリンパンで、仮にも“うちの子”と言った形のパンを食べるとか、一体こいつは何考えてるんだろう。しかもそれを千切って僕にも食べさせようとする辺り、なんだか怖い。
ちなみに中身はクリームで、すごく美味しかった。(つまり結局は僕も食べた)。
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