第26話

あの子の姿は他の人間には見えない。



それなら、なにも遠慮することなんてないんだ。



そう思いつくと早かった。



あたしはすぐに保健室へと戻り、鞄を開いた。



ソレはまだグッスリと眠っている。



それを確認してホッと息を吐きだした。



この様子ならもうしばらくご飯はいらなさそうだ。



目が覚めた時に、トイレに連れて行ってあげよう。



そう思い、あたしはもう1度ベッドに横になったのだった。



☆☆☆


次に目が覚めたのはソレの泣き声が聞こえて来たからだった。



ソレの泣き声は鳥に近かった。



朝のさえずりではなくギャーッギャーッという喚き声。



壮絶な声に驚いて飛び起きたあたしは、鞄の中で泣きじゃくっているソレを抱き上げた。



「ごめんね、お母さん寝てて」



抱き上げて自然と出て来た言葉がそれだったので、自分自身驚いた。



ソレの母親が自分であると自覚している証拠だ。



ソレの泣き声はすさまじかったが、これもあたし意外の人には聞こえていないようだった。



鞄の中にソレを戻し、保健室から一番近いトイレへと駆け込んだ。



「お腹減ったよね?」



そう言い、汚物の蓋を開ける。



すると血の匂いを嗅ぎつけたのか、ソレが勢いよく鞄の中から飛び出した。



ナプキンに飛びつき、ジュルジュルと音を立てて血を吸い取って行く。



ソレの手足は異様に長く、腹部は人間の子供のようにポッコリと膨らんでいる。



頭は楕円形で後ろに長く、全体的にヌラヌラとした液体が絡まっていた。



「そんなに良そうで食べなくても、まだまだあるから大丈夫だよ」



そう言い、あたしは隣の個室から汚物入れを移動させた。



すでに食べきっていたのか、すぐにナプキンに飛びついた。



その様子は異様なのに、あたしにとっては愛しいものだった。



可愛い子供が一生懸命ご飯を食べているように見える。



個室4つ分のナプキンの血を吸い尽くしたソレは、ようやく落ち着いたようで再び目を細め始めた。



「お腹一杯だね」



そう言って体を抱き上げ、鞄に入れる。



心なしか今朝よりも重たくなっているような気がした。



普通でも1週間で体外へ出てくるのだから、成長もすさまじく早いのかもしれない。



この子が成長したとき、あたしの願いは叶う……。



そう思うと体が震えた。



恐怖ではなく、嬉しさから。



あの生活から解き放たれる日は近いのだ。



「大事に大事に育てなきゃね……」



あたしは鞄を両腕に抱え、そう呟いたのだった。

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