第2話 その真相に迫る!


 

 試合まであと1ヶ月に迫った或る日の朝。

ロードワークをしていた羽沢は、1000段ある神社の階段をダッシュで駆け上がった。

神社に辿り着くと手を合わせ勝利祈願をして階段を降りるといういつものルーティンだ。


階段下では、堂島雄三トレーナーが、羽沢のチャンピオンベルトを肩に掛け、様子を見守っていた。


丁度同じ頃、田原総一朗も、滋賀で行われるシンポジウムの前に、散歩がてらに神社の階段を昇っていた。


「ん?何ですかありゃ?」

田原が500段ほど昇った時、足を踏み外した羽沢がゴロゴロと転がって来るのに気付いた。

田原は、咄嗟に階段脇へ移動したが、階段の幅が狭いため、回避出来ず、只々迫り来る大男をジッと待ち受けるしか無かった。


案の定、羽沢が田原総一朗を巻き込んで、抱き合うように一緒に転がり落ちて行った。



「…え?…おいおいおい…ヤベえな…」

堂島雄三トレーナーが階段下でその状況に気付き、転がる2人を止めようと階段を駆け上がった。


羽沢と田原の転がり落ちるスピードがどんどん加速していく。

堂島トレーナーは迫り来る2人をタックルで止めようと待ち構える。


しかし勢いを止める事が出来ず、堂島トレーナーも2人の巻き添えとなり、共に転がり落ちてしまった。トレーナーが肩に掛けていたチャンピオンベルトの音が石段に当たるたびにカンカンカンカンと鳴り響いた。

それはまるで引退のテンカウントゴングのように聴こえた。


3人の勢いが止まったのは階段下から10メートル離れた芝生だった。


数分後、意識を取り戻した3人は、己の心が入れ替わっている事に気付いた。


田原総一朗の心は、羽沢の身体に入れ替わり、羽沢の心は、田原総一朗の身体に入れ替わった。

そして、羽沢をここまで育てた堂島トレーナーの心は、WBZ世界ヘビー級チャンピオンベルトと入れ替わっていた。



————————————————————



 一世一代の大勝負を前に、とんでもない状況になってしまった羽沢の中の田原は、田原の中の羽沢と互いの事情を琵琶湖を眺めながら話し合った。


羽沢の中の田原が問いかける。

「こういう緊急事態が起こった場合にねえ、あなたなら、どうやって解決する?そこ聞きたい」


「それは、もう田原さんが良いのであれば、私の肉体を経由して、田原さんに闘ってもらうしか無いと思ってます!」


「それはねえ、全くの暴論だよ!」


「それは重々承知してますが…僕も…」


「だってねえ、ハードはあなたかもしれないけど、ソフトは88の爺さんですよ?ボクシングなんて出来るわけないじゃない」


「ただ、私の身体の使い方に慣れてくれば、フットワークと基本的なディフェンスは充分可能だと思うんですよ」


「その基本的な動きってのは、具体的にどうすればいい?」


「それは僕が1から10まで手取り足取り教えます。とにかく1日だけでも、いや1時間だけでも良いので、自分の指導に付き合ってください!」


田原の中の羽沢は、羽沢の中の田原に土下座で懇願した。


「分かりました。こんな刺激的な機会は無いんで、やるだけやりましょう!ただねえ、あなたの鋼の肉体を貰って本当に申し訳ないんだけど、全然ダメだと思うよ?それでも良いの?」


「そのバイタリティならば1ヶ月でフットワークの感覚を掴む事は絶対に出来ます!」


「分かった!じゃあこの話はここで終わります!ところでねえ、今夜の6時にシンポジウムがあるんですよ。あなたが司会をやってくれたらありがたいけど、出来ないなら、このボクサーのナリをした私がそのまま司会やるけどね、まあそれはそれで面白いんじゃないかと思ってんだけど、どうすればいい?君がやってみる?」


「はい!そのシンポジウム僕にやらせてください!」


「あなたは、政治や憲法について語る気は、あるんですか?無い?」


「全く知りません!」


「知らなくても良いの!興味はあるのかって聞いてんの!」


「興味はあります。ですから田原さんにシンポジウムの内容と流れ、どのパネラーに何を質問するかを教えて頂いて、それをノートに書いてシュミレーションさせてください。いつもの田原さんと違うぞ?中身が無いぞ?と言われないように出来る限り頑張って、シンポジウムを成立させますので!」


「うん、分かった。あれだね、君は大変真面目だから、政治家には向いてないかもしれないね」


「何故ですか?」


「あのねえ、真っ直ぐなタイプは、一線を超えてしまうんですよ」


微笑みながらも鋭い眼光で不穏な一言を言う羽沢の中の田原に、田原の中の羽沢は、ファイターとしての資質の高さを垣間見た気がした。



————————————————————


 

 田原の姿を借りた羽沢司会のシンポジウムは、なんとか無事に終了した。

論客達のほとんどが、田原の進行がいつもよりスムーズで話しぶりも若々しいが、肝心の内容が場当たり的で薄く、田原独特の威圧感も無いと感じていた。


そんな論客達が感じた物足りなさとは裏腹に、客席で見ていた羽沢の中の田原は、付け焼き刃で段取りを覚え、おぼつかないながらも進行をやり遂げた田原の中の羽沢に感心していた。


「次は羽沢君の要望に応える番だな…」


羽沢の中の田原は、今までやった事の無い不器用なシャドーボクシングの動きで心の準備をした。




(つづく)

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