まじない師と第六感

ちかえ

第六感を鍛えるには

「……第六感を鍛えてみたらどうだろう?」

「え?」


 聞き慣れない言葉にハンニは首を傾げる。その発言をした主は呑気にお茶のカップを傾けている。前より仕草が丁寧になったと感じるのは『身内』の欲目なのだろうか。


 彼女は異世界出身なのでよく分からない単語を口にする事がある。それは仕方がないのだが、説明なしでは何の事か理解が出来ない。


「今、何て言ったんだ? レイカ」


 エルッキが先ほどの発言の主であるレイカに尋ねて来る。彼の発言は多少不敬だ。驚いたのでマナーを忘れてしまったのだろう。仕方ない、と心の中でつぶやいた。


「『第六感』。六番目の感覚って言えばうまく伝わるかな?」


 通訳魔術でどういう風に訳されてるのか本人に分からないのは不便だね、と能天気な事を言っている。


 ハンニを含めた彼女以外の三人はそっとため息を吐いた。


 レイカは八ヶ月前に異世界からこの世界に連れて来られた女性だ。外見だけ見れば成人するかしないかーー十四、五歳くらいーーに見えるが、実際にはついこの間、二十歳の誕生日を迎えた立派な大人である。


 元々、彼女は魔族の王を倒すために召喚で呼ばれた、いわゆる『勇者』と呼ばれる存在だった。最初にレイカに対面した時はまさかと思った。『勇者』という名前とはほど遠いか弱そうな少女なのだ。


 こんな子に最前線で魔族と戦わせるなんてとんでもない。必ず自分たちが守るのだ!


 彼女が召喚されて来た日に彼女のパーティメンバー仲間である剣士のエルッキと魔術師のヨヴァンカと共にそう決意したのだ。リーダーであるエルッキもレイカに『俺たちを兄や姉だと思って頼りにしてくれ』と言っていた。


 だが、自分たちの予想よりずっと強かだった『小さな妹』は、きちんと魔王と話し合いを持ち、『魔族は別に悪い生き物ではない』いう真実を掴んだ。おまけに個人的な同盟までむすび、その結果、魔王と婚約までしてしまった。あと一月経って先代魔王ーーレイカが倒したのではなく病死だったーーの喪が開ければ婚儀だ。


 その大胆さはある意味羨ましいが、危険である。


 だから、元パーティメンバーだった自分たちは引き続きレイカを守ると決めたのだ。エルッキは騎士見習いとして、ヨヴァンカは魔術と社交の知識で彼女を支えている。


 ハンニには予言の力があるらしい。魔術師の間ではそういう能力を持つ者を『まじない師』と呼ぶのだそうだ。

 元々捜しものに関する魔術が得意だという自覚はあった。でもそれだけだと思っていた。まさかそれが『まじない師』と入門と言える魔術だという事は今まで知らなかった。


 その知識を深めれば、この国に関するあらゆる危機を事前に察知出来る。そして対策も出来るのだ。魔王もそれを期待しているらしく、魔術大国から講師まで呼んでくれた。


 この国を守るのは王妃となる『妹』を守る事である。だから張り切っていた。


 それでも、上手くいかない事もよくある。師の教えは分かりやすいし、真剣に教えてくれているのも分かる。それでもそれ以上に魔術は自分の力で克服しなくてはいけない課題が多いのだ。


 ハンニはまだ上手く予言が出来ない。師からはまだ修行を始めて一月だからそんなに焦らなくていいと言われている。それでも気になったら止まらない。なので元パーティメンバーのエルッキとヨヴァンカに相談する事にしたのだ。もしかしたら違う方面からの解釈が聞けるかもしれないと思っての事だ。


 なのに、どこで今回の事を嗅ぎ付けたのか、レイカまでヨヴァンカに着いてきてしまった。おまけにしっかりと話し合いに参加までしている。レイカの魔術の教師が魔術師の集まりに行って留守なので、いつもは魔術の授業時間だった予定がぽっかり開いて暇なのだそうだ。婚儀も近いというのに仕方のない『妹』だ。


「で、それを鍛えるのはどうしたらいいんですか?」

「さあ?」

「『さあ?』って、レ……ご婚約者様!」


 つい、昔のように名前呼び捨てをしてしまいそうになる。だが、こらえた。王の婚約者準王族であるレイカをもう呼び捨てには出来ないのだ。エルッキは先ほど呼び捨てしていたが、それは不敬になる。レイカ本人は気にしないが、魔王が気にするかもしれない。


「高こ……学生時代の友達にそういう事に詳しい人がいてね。その子に聞けばもっと分かると思うんだけど……」

「『第六感』とおっしゃってましたけど、五までは何なんですの?」


 多分、レイカ以外の全員が気になっている事をヨヴァンカが尋ねる。


「え!? 『五感』ってあるでしょ」


 三人はそろって首を振った。そういう言葉は聞いた事がない。


 レイカは一瞬、戸惑った顔をした。でも、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、と指を折りながらきちんと説明してくれる。


「もしかして精神面での感覚がその『第六感』というものなんですの?」

「そう。そんな感じ」


 エルッキが『「直感」ってやつか』、とつぶやく。


 直感なら分かる。そういえば直感はまじない師にとってとても大事なものなのだと師も言っていた。


 レイカのいう通り、その『第六感』というものは必要なのかもしれない。


「みんなはどういう時に直感が働きますか?」


 思い切って尋ねてみる。


「その時々によって違うからなぁ」

「うーん。そうですわねー。あえていうならリラックスしている時にいろいろ浮かぶ事が多いけれど……」

「忙しい時とか全然何も考えられなくなったりするもんね」


 いろんな意見が出て来るが、統合すると、やはり落ち着くのは大事らしい。


 自分は急いで物事を進めようとしすぎたのだろうか。リラックスが大事だというのなら、焦るのはよくないのだろう。


 なんだか悩んでいるのが少しばからしくなってしまった。真逆の事をしていれば、予言の力が育たなくて当たり前だ。


 とりあえずノートに今まで話した事をメモする。勉強熱心だ、偉い、とエルッキやヨヴァンカに褒められる。それがなんだか嬉しい。


「レイカ様」


 何となく名前を呼ぶ。レイカが『ん?』とつぶやいて顔を上げた。


「どうしたの、ハンニ」

「レイカ様も今回の話し合いの事をメモした方がいいかもしれません」


 なんでこんな言葉が出てきたのかは分からない。でも何となく言わなくてはいけない気がしたのだ。


「ほら、大魔導師様は厳しいんですよね。だったらもしかしたらいつかレイカ様も学ばなければいけないかもしれませんよ」


 レイカは外国の大魔導師に魔術の授業を受けているのだ。彼がスパルタだと言う事はレイカ本人やヨヴァンカから聞いている。


 それを聞いたヨヴァンカがすぐにレイカのメモ帳をこちらに転移させた。戸惑いながらもレイカはそれを受け取り言われた通りにする。


 それをそっと横目で見ながらハンニも自分のメモに集中した。


***


「ハンニ! ありがとう!」


 後日、また四人で集まった時にレイカが開口一番にそう言った。満面の笑みだ。


「どうしたんですか、レイカ様」

「実はね、ウィリアム先生が私たちが話し合いをするだろうって予想していらしてね。あのメモを見せる事になったのよ」


 ハンニのおかげで助かった、と嬉しそうに言う。


 少しだけだが、役に立つ事が出来た。


 重要な予言ではない。でも、第一歩を踏み出した。そんな気がした。

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まじない師と第六感 ちかえ @ChikaeK

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