season 04. 累が作った結のオーダーケーキ

 約束通り、翌日の昼休みに二人は調理室に集まっていた。

 葵は持って来た材料をずらりと並べた。卵に薄力粉、砂糖、完成済みの生クリーム。メインのいちご。他にもビニール袋に色々入っていて、棗は不思議そうに首をかしげている。


「まずはスポンジの材料を混ぜます。ハンドミキサー持って来たんで使いましょう」


 葵は卵に砂糖を入れて泡立て始めた。

 特に難しい事ではないのだが、棗はおお、と目を輝かせている。まさかこれが難しいのだろうかと若干の不安を覚える。


「ハンドミキサー持ってないですよね。これ貸すんで後日返してください」

「いいの? 助かる」


 まるで新しい玩具を見つけた子供の様にうわあと楽しそうにしている。いつもの爽やかな雰囲気と違って無邪気な様子は写真で見た彼の弟を思い出す。

 兄弟だけだとまた違う顔なのかと思うと、それを独り占めする弟が少し羨ましい。


「次は薄力粉をふるいにかけて混ぜていきます。耐熱ボウルにこれを入れてレンジでチン」


 葵はボウルを空気を抜くためトントンとボウルを机で叩く。

 何かするたびに棗はへえ、おお、うわ、と声を上げているが、ここまで何も難しい事は無いのにこのリアクションが続くのは不安が募る。

 

「先輩うろちょろしないで下さい。いちご切りますよ。薄くスライスするんですけど、切れます?」

「……後でやってみる」


 やっぱり、とここは予想通りだ。

 スライサーが使えれば良いのだがいちごのような柔らかい物は難しいだろう。

 そしてこんな調子の棗に刃物を持たせる事も恐怖を感じる。そこは母親に協力してもらうしかない。


「じゃあ次。スポンジを瓶の大きさに切る」


 レンジから生地を取り出し、ボウル型になっているスポンジを薄く切っていく。

 そこに瓶の蓋を押し付けて瓶ピッタリのサイズのスポンジを作るが、ここでも棗は面白そうにはしゃぎだす。

 スポンジが切れない問題はあとで実際にやらせて解決策を考えるしかない。


「一番下にスポンジ入れたらいちごを瓶に貼り付けます。中に生クリーム入れて、またスポンジ。これを繰り返して、最後にいちごを乗っけて生クリームで閉じれば完成。簡単でしょう?」

「嘘でしょ。スポンジ難しいよ」

「……そんな気はしてました。なので奥の手を用意してます」


 葵は鞄から薄い箱を取り出した。

 それは何の変哲もない――


「市販のホットケーキミックス。卵と砂糖を混ぜてチンすればスポンジになります。綺麗に作ること優先なら無難な手段も必要でしょう。やってみます?」

「やるやる」


 さすがにこれが難しいと言われたらどうしようかと思ったが、これだけなら問題無いようだ。

 となるとあの惨状になるのは生クリームとスポンジのカットという事になる。


「生クリームどうやって作ったんですか? 混ぜるだけなのに何したら失敗するか分からないんですよね」

「え? 混ぜるの? 溶かすんじゃなくて?」

「溶かす? 何を?」


 二人は顔を見合わせた。

 訝しげな顔をする葵と反対に、棗はきょとんと不思議そうな顔をしている。

 

「あの白いべちゃべちゃ何ですか?」

「ヨーグルト。パックの溶かした」

「……それは生クリームを作るつもりが無かった? それとも生クリーム自体を知らなかった?」

「だってそれっぽいのヨーグルトしかなかったし。生クリームって何混ぜるの?」


 ああ、と葵は感情も無く声を漏らした。

 そっちこそ何言ってるの、くらいの顔をされてこれはもう無理だと判断し――


「今日これパックごと持って帰って下さい。これを混ぜれば生クリームになるんで」

「いいの? じゃあ後でお金払うね」


 料理ができない以前の問題だったようだ。

 葵は料理ではありえない妙な疲労を感じたが、次の難関が立ちふさがる。


「スポンジ薄く切れますか?」

「切れない」

「ですよね。でも薄くなければ切れると思うんですよ」


 葵はボウルから取り出した半球状のスポンジに包丁を入れた。

 本来なら瓶の蓋を押し付けたいのだが、薄く切れないなら切らなければいいのだ。包丁を横にせず、縦に切っていく。切ったスポンジを横に転がしてまた縦に包丁を入れる。

 そして完成したのは立方体のスポンジ達だ。


「あえて立方体にカット。ランダムに入れて、隙間にいちごを入れればオシャレに見えます」

「天才! それに食べやすくていい!」

「せめていちごは綺麗に貼付けて下さいね」

「やりたいやりたい」


 気を良くした棗は葵がスライスしたいちごを取り瓶の内側に貼り付けていった。いったのだが――


「先輩下手くそ~!」

「だ、だから苦手なんだって!」

「貼るだけですって! 何で叩くんですか! 叩かないでぺたっと!」


 何故かいちごがボロボロになりすっかり汚れ切った瓶は悲惨な状態になっていた。

 しかもまだ一段目だというのにこの後二段目もある。とてもできるとは思えず、仕方なく葵は苺をざく切りにして念のため持って来ていたジャムと和えた。


「いちご貼り付けるのは止め! スポンジ生クリームいちごの層にする! いちごがごろごろしてれば狙って作ってる感もある!」

「それ! そういうの!」

「不器用すぎですよ先輩。はい、じゃあ入れて下さい。層を見せたいから瓶の側面まで広がるように」

「おっけ」


 そして、棗はスポンジを入れ生クリームを入れいちごを入れ、とそれだけを繰り返していく。

 多少ぐちゃりと歪んでも、これはその手作り感がデザインのようにも見えて悪くなかった。

 棗も楽しくなってきたのか、中にいちご大きいまま入れよう、ナッツも入れたい、と色々とやり始める。

 結局持って来た瓶全てがケーキになり、それはどれも成功品に見えた。


「できたできた!」

「いいんじゃないですか⁉ 綺麗ですよ!」

「いい! めっちゃいい! 天才! 奇跡! これなら結も喜ぶぞ!」

「ふむ。では天才累先生、新作ケーキのタイトルは何ですか?」

「タイトル? タイトルは……えー……累が作った結のオーダーケーキ!」

「まんま~」

「う、うるさい。いいんだよ」


 累は口を尖らせたけど、そのネーミングは手作りのケーキにはぴったりのように思えた。

 今年のケーキは成功だとうきうきしていて、葵もつられて笑顔になる。


「レシピってほどじゃないですけど、メモ持って行って下さい。道具も貸しますから」

「これそのままじゃダメ? あ、保存できない?」

「一緒に作ったらいいんじゃないかなと思って。二人の誕生日なんだし」

「あ、そっか。そうだった。うん、いいかも」 

「あとこれは助言なんですけど、ヨーグルトケーキも作った方が良いですよ」

「何で? うち四人家族なんだけど、瓶四つじゃ駄目?」

「瓶は作ってもいいですけど、多分二つしか食べないですよ」


 はあ、と棗は首を傾げた。

 だがここまで指導したからか、不思議そうな顔をしながらも素直にじゃあ作るかと頷いた。

 葵はふふっと小さく笑った。


「弟さんの反応教えて下さいね」

「ああ。絶対喜ぶ。ほんとありがとね」

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