season 03. オーダーケーキは瓶ケーキ
翌日から葵と累のケーキレッスンが始まった。
授業終了後は即弟の元へ帰るため、授業の無い時間に調理室を借りてやる事にした。とはいえ学年も専攻も違う二人の空き時間がそうそう一致するわけもなく、誕生日までに練習できるのは昼休みだけだった。
「来週ですよね。今日が火曜日だからあと三日かあ」
「あ、金曜は一時帰宅の準備で俺早退」
「じゃあ明日と明後日だけ⁉ うわー! サークルランチ会なんて出てる場合じゃなかった!」
「それはダメだって。俺は幽霊部員だからいいけど向日葵ちゃんはそうじゃないんだし」
今日の昼は園芸サークルの定期ランチ会だったので参加したのだが、棗は常に欠席だ。
というのも、弟第一の棗はサークル活動などやるつもりは無かったらしい。
だが弟の事ばかりで大学生活をないがしろにしてると両親に言われた事があるとかで、あまりにもうるさいので最低限必要な事はしてる――フリをしているらしい。
幸い園芸サークルは部長や最上級生数名以外は誰一人真面目に園芸などやっておらず、暇人が温室をカフェ代わりにして集まっているだけだ。
けれど文化祭は参加するので家族を案内できて、親を騙すにはちょうど良いのだろう。
「でも簡単にできる案あるんでしょ?」
「はい。じゃあまず何ケーキにするか決め」
「いちご」
「あ、既に決まってる」
「うん。
結、と聞いて葵はびくりと身体を揺らした。
初めて聞く名前だったが、この流れで棗『
しかしそれは棗がひた隠しにした弟の最重要秘密事項のはずだ。
「名前、いいんですか?」
「口外禁止ね」
にやりと棗は笑った。
葵が想いを寄せてるのを知っているのかいないのか、そんな小悪魔の微笑みに逆らえるわけがない。
葵はぶんぶんと首を縦に振り、よしよし、と棗が頭を撫でてくれた。まるで子供扱いだが、やはり特別扱いのようで幸せを噛みしめた。
「いちごならショートケーキですよね」
「いちごは
「農家⁉」
棗はスマホを取り出し一枚の画像を見せてくれた。
そこにはいかにも高級そうな木箱に入ったいちごが映っていたが、赤というよりは朱色のような、色の薄いいちごだった。
中には白っぽい物もあり、いわゆるショートケーキに乗っているいちごとは少し違うように見える。
葵もスマホで桃薫を調べると、一粒八百円以上はする高級品でその名の通り桃のような香りがするらしい。これを交渉して取り寄せたというのは相当の熱意を感じる。
「じゃあいちごは決定ですね。問題は形ですけど、これは絶対にうまくいく魔法があります」
葵は持って来たトートバッグから緩衝材で包まれている物を六個取り出した。
緩衝材から出すと、中から出て来たのは大中小の大きさが違うメイソンジャーだった。
片手で持つには少し大きい物と胴回りは三百ミリリットルのペットボトルくらいだが背が低い物、そして片手に収まる程度の小さな物。それぞれ二個ずつで合計六個だ。
そして葵はスマホに画像を表示させ棗に見せる。それはこの前カフェで撮ったメイソンジャーの瓶ケーキだ。
「スポンジと生クリームといちごを詰めれば完成。瓶の形で完成するから失敗無し!」
「天才! 可愛いし、結も好きそう」
「弟さん可愛いのが好きなんですか?」
「結が可愛い物持ってるのを俺が好きだから結も好きなの」
「え? 何ですって?」
「俺は結の事大好きだけど結も俺の事大好きなんだよ」
「え、あ、はい」
どういう意味か即理解はできなかったけれど、棗の目じりが下がり口元が緩んできたので惚気が始まるのを察知し瓶をずいっと押し出した。
「じゃあ瓶どれにします?」
「見栄え良いから大きいやつがいいな。これどこで売ってるの?」
「駅前の百円均一ショップですよ。これでいいなら一つ百円で売ってあげます。買いに行く時間惜しいでしょうし」
「出来た子だな~」
「いいえ。自分でも作ろうと思ってたからついでです」
当初棗への誕生日ケーキとして考えていたので瓶を買ったのだが、たくさん見るうちにあっちがいいこっちがいいと買い続け無駄に瓶が増えてしまっていた。
まさかここでそれが役に立つとは思わなかったが、これは言わないでおく事にした。
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