season 02. 太陽のオーダーバースデーケーキ
「
「累先輩! 恥ずかしいから大声止めて下さい!」
「いいじゃん可愛くて」
あははと笑って大学のカフェテラス内で駆け寄ってきたのは棗累だ。
面白半分なのだろうけれど、止めてくれと言うと必ず「可愛いよ」と返してくれるので葵はわざと嫌がるそぶりをしている。
そんな事を知ってか知らずか、棗は何故か人の少ない席に移動して葵の隣に座った。
「カフェ詳しいんだよね。オーダーケーキやってる店知らない? 来週弟の誕生日パーティするから作ってもらおうと思って」
「え? 先輩の誕生日って来月じゃないですっけ」
「あいつ当日一時退院できるとは限らないから前後でやる事にしてんの」
棗の弟が誕生日ならば双子の兄である彼の誕生日でもある。
もちろん葵はケーキもプレゼントも考えているが、棗は弟の事しか考えていないようだった。
それに棗が弟以外の会話をする事はまずない。学校以外の時間は弟と過ごすから勉強は大学内にいなければいけない時間で集中して終わらせるので無駄な会話をあまりしない。向日葵ちゃんなどと可愛がられる葵であっても、弟以外の事で話をして貰えた事が無い。
けれど人当たりがよく子犬のような愛嬌もあるので、人付き合いは悪いが彼を好む人間ばかりだ。
今回は弟さんのどんな話だろう、と葵はわくわくしながら耳を傾けた。
「フルオーダーだと専門店ですよね。去年はどこで買ったんですか?」
「買ってない。毎年俺が作ってたから」
棗はスマホを取り出し画像を見せてくれた。
そこには棗と、棗と同じ顔をした青年が映っていた。ほっそりしていて肌は真っ白だ。同じ顔をしていても健康的な棗とは正反対の彼は確認するまでもなく彼の弟だろう。
二人共幸せそうに笑って頬を寄せ合っている。この年齢の男性二人にしては距離が近い。どんなに仲が良くても頬をぺたりとくっつけるというのには少々驚いた。
けれどそれとは別の理由で葵は思わず身体を引いた。
「写真いいんですか?」
葵は噂でしか知らないが、弟の病院に押しかけて彼を傷つけるような言葉を浴びせた名ばかりの友人がいたらしい。
そのせいで弟は酷く落ち込み、棗もしばらくは学校にはやって来なかったという。
暴言を吐いた生徒達と大喧嘩になり、棗は手を挙げる直前だったらしく謹慎処分になった。
それ以来、棗は弟の個人情報や彼を特定できる情報は一切漏らさず、ただどれだけ愛しい存在であるかを語るだけとなった。
だから写真を見る事など無いと葵は思っていたし、見てはいけない物だと咄嗟に思ったのだ。
「信頼できる人とまで距離取らないよ。でも口外厳禁」
「はい! もちろんです!」
特別ね、と言われて葵は取れそうな勢いで首を縦に振った。
不謹慎かもしれないが、こうして棗の秘密をこっそり知れるのは嬉しかった。
失礼します、と葵は棗のスマホを覗き込んだ。映っているのは棗の弟がホールケーキを必死に食べているところだった。
ケーキを食べている写真は大量で、どんどんスライドして見せてくれるが終わりがない。左横から正面に回り、右横から後頭部を回って左側へ戻って行く――という流れを一コマずつ撮影しているようだった。
どれも見ても弟しか映っておらず、まるで幼い子供を持った父親のアルバムのようだ。
「ケーキはこれね。この白いやつ」
これ、と棗は一枚の画像を表示させた。
彼の弟が一人でホールケーキを抱え込んでいて、誰にも渡したくないという意思が見て取れる。
その様子はとても微笑ましいのだが、一つだけ微笑ましくない物があった。
「このべっちょべちょなのは……」
「ショートケーキ」
「いちごは……」
「上に乗せただけだから先に食べてた」
「間に挟んだりはしてないんですね。それはいいですけど、このぺしゃんこなのがスポンジ?」
「溶けたクリーム吸ってたから押し出したらこうなった」
「へー……」
棗に夢中な葵ですら思わず黙る汚さだった。
溶けきっていたり妙に固まっていたりする生クリームの表面には何やら焦げ跡がついている。いちごを挟む努力はしたようで、スポンジを横に切った形跡があるが、それもガタガタでぼろぼろと崩れていた。
とてもじゃないが、独り占めしたい仕上がりではない。けれどそれすらも嬉しいというのは笑顔で食べ続ける写真が物語っていた。
しかし棗は大きなため息を吐いて、見るとがっくりと肩を落としていた。
「毎年これだから今年は買おうと思って。オーダーなら限定品だしいいかなって」
「は⁉ そんな理由で買うんですか⁉ ダメですよ!」
「え? 何で?」
「何で⁉ それこそ何でですよ! 絶対ガッカリしますよ! 美味しくても美味しくなくても、先輩が作ってくれるのが嬉しいんですって! 綺麗なのが良いなら練習しましょうよ! 私お菓子作り得意だから教えます! 簡単に作れる可愛いケーキなら私ちょうど良い案があ――っと、すみません」
葵は見当はずれな事を言う棗に呆れて思わず立ち上がり熱弁した。
その勢いには棗も驚いたようで目を見開いて固まっていて、その視線に気付いて葵はようやく我に返ってそっと座り直した。
棗はばたばたと一人で慌ただしい葵にぷっと吹き出し声を上げて笑った。
「そんなに笑わないで下さいよ」
「だって、そんな勢いで怒られると思ってなかったから」
「先輩が馬鹿な事言うからですよ」
「……そうだよな。うん。じゃあ教えてくれる?」
「はい! もちろん!」
ありがと、と棗は恥ずかしそうに笑った。
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