第28話 素でも関係ない

 遥夏との模擬“デート”が始まった。今日の祭りは何度も参加したことがあるもの。だから、デートと言っても毎年同じようなことをするので、屋台などに新鮮味はない。ただ、違う点において純はドキドキが止まらなかった。


「純さん、次はどこへ行きましょうか?」

「じゃあ、お腹もすいてきたことだし、何か食べるもの探しに行こうか」


 今度の遥夏は真面目系優等生のキャラを演じている。最初は妹キャラで行こうとしてきたがそこは全力で謝って辞めてもらった。なんか犯罪臭がするため、周りの目が怖かったからだ。この祭りは時々酔っ払いがでてくるため、警察が見回りをしている。取り調べされるようなことは避けたい。


「じゃあ、あそこの焼きそばでもいいですか?」

「ああ、良いと思うよ」


 文化祭では遥夏は焼きそばを作ることになっている。現地の焼きそばを食べてどんなものを作るべきか考えたいのだろう。


「すみません、焼きそば2つ下さい」

「はい、毎度。お、お2人さんデートかい? お似合いのカップルだ」


 焼きそばを作っているおじさんは純と遥夏の方を見てからかってきた。「まぁ」とだけ答えて、ショルダーバックから財布を取り出そうとした。


「はい、おじさん」


 純が払おうとしたが、すでに遥夏がお金を払っていた。


「付き合ってもらってるんだし、僕が払うよ」


 純の言葉に遥夏は首を振って胸をドンと叩いた。


「ここは、お姉ちゃんが払うよ」


 今度はお姉ちゃんキャラを演じることにしたらしい。おじさんは、「なんだ姉弟だったのか、仲が良い姉弟だ」と遥夏に焼きそばを2つ渡し、遥夏は屋台から離れた。


「今度はお姉ちゃんキャラ?」

「純、妹キャラ嫌だったみたいだから」

「まあ、妹キャラ演じられるぐらいなら、お姉ちゃんキャラの方が良いけど。でも遥夏がお姉ちゃんか、嫌だな」

「なんでよ」

「同い年でお姉ちゃんっていうのがまず変。それにどっちかというと年下ぽく見えるし」

「誕生日私の方が早いでしょ?」

「そうなんだけどさぁ」


 遥夏は11月、純は3月生まれだ。4か月早く生まれただけでお姉ちゃんぶられてこそばゆく感じる。


「やっぱ、遥夏はお姉ちゃんは合わないわ」

「へ~そんなこと言うんだ……、じゃあ純おにいちゃん、残りはこの声で過ごしちゃおうかな」

「僕が悪かったから、それだけは辞めて」


 全力で頭を下げて遥夏の機嫌をとった。慌てて頭を下げた純を見て楽しそうに遥夏は笑った。


「満足満足。久しぶりに純をからかえて楽しかったよ」

「こっちの心臓が持たないよ」

「かわいそうだから、妹キャラはここではもうやらないよ」

「僕の前ではもう二度とやらないで下さい」

「それは聞けないかな。それよりも早く焼きそば食べよう」


 純的には違う意味で死にそうなので妹キャラだけはやめてほしかった。人がいないところで聞く分には全然嬉しいのだが。遥夏が近くにあったベンチに腰掛けると、純は焼きそば代を遥夏に渡そうとした。


「遥夏、これ焼きそば代」

「いらないよ。これは私の奢りなんだから」

「え、でも今日は僕のネタ集めに付き合ってもらってるし……」

「いいのいいの、ネタ集め関係なしに楽しめてるから。それにここは素直に奢られなよ。私の方が稼いでるんだから」


 ただのアルバイトと売れっ子声優では稼いでる金額は全然違う。遥夏にお金を渡そうとしても受けってもらえそうになかったので純は素直に奢られることにした。


「う~ん、焼きそばのソースは懲りたいな~」


 焼きそばを食べながら文化祭で作る焼きそばの味付けを真剣そうに悩んでいた。遥夏はこういうところは真面目で一度集中すると周りを見ない癖がある。


「純の塩焼きそばはおいしい?」


 遥夏が食べているのはソース焼きそばで純とは違う味を食べている。どうやら、塩焼きそばの方も気になったらしい。


「食べる?」

「あ~~ん」

「へっ?」


 容器を渡すつもりが、遥夏からは“あ~ん”を要求された。純が戸惑っていると、遥夏から「口が疲れるから早くして」と急かされる。


 いつもの純ならば別に気にすることなく、普通にできる。付き合いが長い分時々遥夏からは手が離せないときに求められていたから。ただ今日は違う。


 浴衣を着ていることや髪を下ろしているだけで雰囲気がいつもとかなり違う。遥夏に食べさせてあげることが恥ずかしいことだと初めて知った。


「ん、純?」


 恐ろしいことに遥夏はこれを天然でやってのけている。慣れというものは恐ろしいものだと思いながら、純は覚悟を決め遥夏の口に焼きそばを割り箸で運んだ。


「うん、おいしい。これは塩焼きそばも作らないと」


 遥夏の演技も中々ドキドキしたが、今のところ不意に求められた今のが一番ドキドキした。


「純、顔赤いけどどうかした?」

「大丈夫、人込みで熱くなっただけ」


 照れる顔をこれ以上遥夏に見られないようにそっぽを向いた。

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