第27話 出雲真衣は舐めてはいけない

 今日は遥夏と神社の祭りに行く日。待ち合わせの場所である神社の前に純は来ていた。例年であれば、遥夏か龍樹の家で待ち合わせをしていた。ただ、今日は模擬デートということもあってか、遥夏に神社で待ち合わせをしようと言われ、承諾した。


(そろそろ来る頃かな)


 純はポケットにしまっていた携帯を取り出し時刻を確認する。物語の祭りといえば、携帯を忘れるか、電池切れをしてしまって、一緒に来ていた人たちとはぐれるというのが定番。


 一瞬純の頭にわざと携帯を置いてそのはぐれイベントを起こそうかというアイデアが浮かんだが辞めた。わざとはぐれて、付き合ってくれてる遥夏に迷惑をかけることはちゃいけないと思い踏みとどまった。


 周りを見ると浴衣で来ている女性たちが多い。純は浴衣を着ている人が目の前を通るたびに目で追ってしまう。それは、純の知り合いで浴衣を着ている姿を見たことがなかったからだ。毎年一緒に行っている遥夏は動きやすいように普段と同じ格好をしていた。だから、浴衣は純にとって珍しいと思う衣装だった。


「遅れてごめんなさい。お待たせしました」


 背中をツンツンとつつかれ後ろを見ると、赤い長髪で浴衣を着ている女性が立っていた。誰かと間違えているのか、純は見たことがないし、声も聞いたことがなかった。


「誰かと勘違いしてますか」

「私のこと分かりませんか?」


 分かりませんか? と言われても、純の知り合いにはこんな女性はいない。


「はい、どなたですか?」


 純がそう言うと、その女の子はフフッと笑い、声色が急に変わった。いつも聞きなれている声に。


「よし、ドッキリ大成功~」

「え……遥夏?」

「やっと気づいた」

「全く分からなかった」


 いつも見ている遥夏とは違い、今日の遥夏からはおしとやかさが感じられる。元気系というよりは清楚系に近いといった感じだ。


「声まで変えるのはずるいと思う」


 遥夏は出雲真衣として活躍している声優、真衣の声色は何千も持っていると言われ、聞き比べても素人じゃ同じ人とは気づけない。


「だって、純が言ったでしょ? 私じゃドキドキしないって」

「言ったけど、それが何で声を変える必要があるんだ?」

「だって、普段の私の声、今の声は聞きなれてるから、たぶんこの姿だけだとドキドキはしないでしょ」

「……まぁ」

「だから、せっかくなら声まで変えてドキドキさせてやろうと思ったんだ」


 遥夏の予想に反し、純は遥夏の浴衣姿にドキドキしていた。いつもと雰囲気が違うだけでもだいぶヤバイ。特に髪の毛を下した姿は純に刺さっていた。ただ、遥夏はその純の反応に気づくことはなかった。


「心臓に悪いな」

「純が悪いんだよ。私じゃドキドキしないって言ったんだから」

「そうだけど、これはちょっと……」


 ゴホンッと一度咳ばらいを遥夏がした後、


「では、さっそく私の浴衣姿、褒めていただけるかしら」


 お嬢様のキャラに近い声で純に浴衣の感想を求めてきた。純は少し照れながら、

「新鮮で似合ってるよ」とだけ言った。それだけでも、遥夏は嬉しかったらしく、にやにや笑っている。


「純くんは普段着なんですね」

「まあ、デートと言っても、模擬だからね。そこまで服装に気を遣わなくていいかなって。それよりもまだそのキャラでいくの? 正直心臓が持たないんだけど」

「やめてあげようかと思いましたけど、純くんの言葉で辞めてあげるのを辞めました」

「どして?」

「さあ、自分の胸に聞いてみるんですね」


 遥夏はそっぽを向いた。聞いてみろと言われても純は何が悪かったのか気づかない。


「ごめんって」

「ダメです。だから、今日は色んなキャラを演じながら“デート”をするので覚悟してくださいね」

「死ぬわ!」


 再び、ゴホンッと咳払いしてから、純の腕に抱きつき、今度はかわいらしい女の子の声を出した。


「じゃあ、案内お願いするね、純お兄ちゃん」

「本当にそれだけはやめてください」


 腕に抱き疲れただけでもドキドキがひどいのに、この遥夏の声のレパートリーに耐えなければならない。純は遥夏を怒らせてはダメだということを強く学んだ。

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