第29話 リナリア

 焼きそばを食べ終わった純たちは、射的をしたり、かき氷を食べたりと祭りを満喫していた。


「あ、純待って」

「どうしたの?」


 遥夏が足を止めたのは装飾品が売っている屋台だった。値段は300円から500円程度のものが多く並んでいた。


「買うの?」

「ううん、綺麗だなって思っただけ」

「そう……」


 遥夏の目の先にあったのは花柄のブローチだった。そのブローチをよく見ようとしたとき、遥夏に服をグイグイ引っ張られた。


「純、あれ見て」

「何? ……え、龍樹? それと……綿原?」


 遥夏の指さす方向を見ると、龍樹と綿原が一緒にわたあめの屋台の列に並んでいる姿があった。


「あれ、智絵ちゃん、龍樹と祭りに行くって言ってたっけ?」

「いや、聞いてないし、龍樹もそんなことは一言も言ってなかった」


 綿原が龍樹のことを好きだということはすでに遥夏も知っている。ただ、すでに祭りに一緒に行くというアクションをいつの間にか起こしていたことに驚いた。それは純も例外ではない。


「今朝、龍樹に聞いたら一人で行くって言ってたんだけどな」


 紗弥加さんは大学の授業の関係で祭りには来れないらしい。毎年言っている祭りに行かないという選択肢はなかったらしく、1人で行くことを決めた。純はある程度楽しんだら、龍樹を見つけて合流するつもりだったが、その必要はないらしい。


「偶然会ったってこと? でも、それだけで一緒に行動することになるかな……」


 綿原には友人が多い。いつも学校で過ごしている人たちと行っていてもおかしくはないのだが、どうやらそういうわけじゃないらしい。


「純、どこに行くの?」


 綿原たちのことを屋台の陰から見ている人を見つけ純はその人物のところへ向かって歩いた。


「何してるですか、こんなところで?」

「あれ? バレちゃった?」


 その人物たちはいつも綿原と一緒にいる笠原を始めとしたメンバーだった。


「笠原君たちこんなところで何をしてるの?」

「……ああ、白浜さんか、一瞬誰だか分らなかったよ」


 どうやらクラスメイト達から見ても遥夏の雰囲気はかなり違うらしい。「デート?」と後ろの女子たちに聞かれると純は反射的に首を横に振った。遥夏は頬を膨らませて不満そうにしてたが。


「そっちは何してたの?」

「僕たちは綿原の様子を見てたんだ」

「一緒に来てたんじゃないの?」

「うん、途中までは一緒だったよ」


 綿原は初めは笠原たちと来ていたが、今は龍樹と2人きりでいる。ここから導き出される答えは1つ。


「お前ら、図ったな」

「バレた?」


 純は周りをよく見ているなと笠原は目を泳がせる。


「で、どうして龍樹は綿原と一緒にいるんだ?」

「最初は僕たちみんなで一緒に来ていたんだけどね、1人で歩く榎原くんを見つけたから……」

「智恵、1人でいる榎原のこと目で追ってたから、行かせることにしたのよ」


 笠原の隣にいるのは前に綿原が言っていた彼女だろうか。他の女子達が笠原の横に来ないように荷物を持っていない方の右側に立っていた。


「なるほどね、そういうことだったのか」


 この様子だと本当に綿原が龍樹のことを好きだということは彼らに知れ渡っているのだろう。


「勝手なことしちゃってダメだったかな?」


 笠原は純が怒っていると勘違いしたらしく、純の機嫌を窺っている。


「いや、龍樹が迷惑じゃないなら構わないよ。僕も、綿原に協力してあげるって約束したからね」

「そうだったんだな。なら良かったよ」

「そもそも、笠原たちが図ったのは今日だけじゃないだろ? 文化祭の役割分担から仕組んでいるのに」

「なんだ、そっちもバレてたのか」

「バレバレだよ。お陰で準備大変なんだからな」


 前半はほとんど純と綿原しか準備をしていなかったので、予定よりも準備が遅れている。


「それは、本当にゴメン。でも、綿原が龍樹とだいぶ話せるようになったから、次から僕たちもそっちを手伝うよ」

「そうしてくれると、ありがたい」


 笠原はクラスで所謂カーストで高い位置にいるため、陰キャ組にいる純は近づきにくい存在だったが、話してみると意外と付き合いやすかった。


「本当はね、白浜さんに悪いことをしたなって思ってたんだ」

「ん? 私なんかされたっけ……?」

「白浜さん、いつも榎原くんと一緒にいるから、榎原くんのことを好きだと思ってたんだ」


 周りから見れば小学生の頃からの付き合いである遥夏が龍樹のことを好きだと思う人はかなりいる。


 笠原はそのような勘違いをしながら、綿原のことを応援すると決めていたのだろう。遥夏と龍樹が付き合う前に。無駄な心配だったわけだが。


「でも、今日の様子を見ると……」


 何かを言いかけた笠原だったが、隣にいるのは女子、藤森由香ふじもりゆかに腹を肘で突かれた。


「どうした?」

「ううん、何でもない」


 何だったんだろうと純は思いながら、遥夏の方を見ると手を胸に当ててホッとしていた。何が起きていたのか、純には分からなかった。

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